コラム/エッセイ

チームオンコロジーへの道

Essay: Road to TeamOncology

臨床試験道場に入門して

医師:高島 淳生

高島 淳生 Atsuo Takashima

医師

国立がん研究センター中央病院 消化管内科 National Cancer Center Hospital

2008年のJapanese Medical Exchange Program (JME)で、MDアンダーソンがんセンターにおいて、チーム医療の研修に参加して以降は、臨床の場から離れ、臨床試験の作成を支援する職場で働いています。ですので、他の方が「チームオンコロジーへの道」に書かれているような、MDアンダーソンがんセンターから帰国後に各職場で行っている、チーム医療の普及にむけた取り組みの紹介とは、内容が異なりますことをご了承ください。

1. 臨床試験にかかわる職場を選んだ理由

私が所属しています日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)データセンター/運営事務局での主な業務内容は、多施設で行う臨床試験のコンセプト作成から、論文作成までの支援であります。つまり、臨床試験開始前から、エビデンスとして発信するまでのサポートを行っていることになります。職場には、医師、看護師、薬剤師、検査技師、放射線技師のほかに、生物統計家、システムエンジニアなどがおり、病院では接する機会がないメンバーとも一緒に働いています。

現在の職場を選んだ理由は、臨床試験の作り方を学びたいという気持ちが強かったためです。臨床試験の作り方を学びたいと思ったのは、“患者さんのために、がんの治療成績を少しでも良くしたい!!”という高尚な思いより、むしろ自分のためでした。

医療は患者さんの希望に沿って行うと言われていますが、最終的に抗がん剤を投与するかどうかの判断は主治医が行います。もちろん判断するまでの過程において、チームで議論を行い、患者さんの希望に沿った治療を目指します。ただし、治療することで得られるであろうベネフィットが、リスクを上回ると判断しなければ、抗がん剤を投与することはありません。その判断規準において、最も大きな要素になるのは臨床試験の結果です。しかし、臨床試験の結果の解釈は難解です。評価者によって、結果の解釈が全く異なる臨床試験もあります。

日常臨床のなかで、はたして自分は、正しい判断ができているのだろうか?という、何とも言えない不安感がありました。また、エビデンスが明らかではない臨床的疑問もたくさんあり、これらを解決したいという気持ちが日に日に強くなっていました。自分の不安感の解消と、自分が感じている疑問の解決を求めて選んだのが現職場です。

2. 臨床試験に深くかかわることで生じた疑問

現在の職場に勤務し、約2年半が経過しました。この期間で、臨床医として働いていた場合、10年かかっても経験できないくらい、多くの臨床試験の作成/発表に携わることが出来ました。また、上司たちの熱血指導により、基本的な臨床試験の方法論も学ぶことが出来ました。現職場での経験を通じて、私の当初の疑問が解決されたかと言いますと…。解決できた部分もありますが、臨床試験の知識が増えたことで、逆に疑問が大きくなったこともあります。

EBMの手法では、Step3で臨床試験の結果の批判的吟味(内的妥当性の検討)を行います。臨床試験の作成側は、完璧なエビデンスを作ろうと努力しますが、それを作ることはなかなか難しく、どうしてもlimitationが入ってしまいます。標準治療を決定した臨床試験においても、何らかのlimitationがあります。幸か不幸か、それらのlimitationが以前より見えてしまうようになりました。また、Step4で臨床試験の結果を目の前の患者さんに外挿可能かどうかの検討(外的妥当性の検討)を行いますが、これについてはStep3以上に難しいものです。

臨床試験は、他人のデータをもとにしていますから、目の前の患者さんに同じ結果が得られるかどうかは分かりません。ですので、いくら完璧なエビデンスがあったとしても、目の前の患者さんに100%正しい治療を選択することは出来ないわけです。さらに、患者さん一人一人で価値観も異なります。そのため、同じ治療であってもリスク/ベネフィットバランスの受け取り方が患者さんによって異なることになります。臨床試験では“臨床的に意味のある差”があるかどうかを統計学的に検討しているわけですが、“臨床的に意味のある差”が患者一人一人でとらえ方が違うので、臨床試験の解釈はきわめて難解なものとなります。

3. より質の高いエビデンスを求めて

だからといって臨床試験を否定しているわけではありません。AとBの治療どちらにするか迷っている患者さんがいた場合、もし、何の情報もなければ、患者さんにとって真に良い治療を選ぶ可能性は50%です。しかし、臨床試験の結果を用いることで、真に良い治療を選択する確率を確実に上げることが出来ます。より質の高いエビデンスであれば、より確率はあがります。私は、現在、この確率をより高くできる臨床試験を求めて仕事に取り組んでいます。ただ、前述したとおり、いくら完璧な臨床試験があったとしても、100%には出来ません。100%にするには何が必要か?? それは、医師以外のメンバーの存在ではないでしょうか。患者の価値観、環境、さらには、医療者の経験も加味したうえで、チームが一丸となって知恵を出し合えば、必ず、真に良い治療を選ぶことができると信じています。

以上、現状報告と私見を述べさせていただきました。臨床医時代とは仕事内容が大きく異なりますが、非常に充実した毎日を過ごしています。しかし臨床試験道とは奥が深いものです。さらなる修行に励みます。

(2011年 1月執筆)

ちょこっと写真、ちょこっとコメントMy interest at a glance:

「信じるものは救われる??」

サイエンス好きですが、“見えない力”も信じています。“見えない力”と聞くとオカルト的なイメージがありますが、科学的に証明されれば、“見えない力”では無くなりますよね。ですので、“見えない力”を科学的に検討した研究をみるとわくわくします。

たとえば、「他人を信頼している人と、他人を信頼しない人とは、どちらが他人の嘘をみわける能力が高いか?」、「他人を肯定的に評価する人は、どのようなひとか?」、「幸せという気持ちは、周りの人にも影響をおよぼすか?」、「ひとはお金でうごくか?」などなど。タイトルをみるだけで、テンションがあがるのは私だけですかね?

ちなみに私の人生の研究テーマは、幸せの法則を科学的なデータとして出すことです。

(2011年 1月執筆)