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治療とその選択
ホルモン療法について
でーび(神奈川県) 2010/06/02
こんばんは。妻が3月に右皮下乳腺全摘、38歳、病理結果で、ホルモン陽性、HER2陰性、浸潤部最大1cm以下、グレード2、センチネル生検にて1/8で、悩んだ末、現在、TC療法4クール予定で1クールを終えたところです。TC療法の1週間前に卵巣機能保護目的でリュープリンの3ヶ月製剤を注射しました。

さて、化学療法終了後にホルモン療法を行うにあたり、タモキシフェン5年は確実だと思うのですが、リュープリンを続けることはいかがでしょうか?私も妻も効果が少しでもあるのなら続けたいと思うのですが、主治医の先生に何気なく聞いたところ、化学療法後はタモキシフェンだけで十分ではないか?ということでした。化学療法でどうせ止まるからなのかと思うのですが、確実に止めておくには続けた方がいいのでは?という考えは、あまり意味のないことなのでしょうか?

また、ホルモン療法を開始する前に、CYP2D6検査をする意味はあるでしょうか?

以上、お忙しい所恐れ入りますが皆さまよろしくお願い致します。

   
Re:ホルモン療法について
齊藤(東京都) 2010/06/03
 乳腺の専門外来をしている者です。CYP2D6について、我々が最近日常臨床でお答えしている内容をお知らせいたします。

Tamoxifenの効き目が体質によって異なるということは知られていましたが、肝臓で代謝(分解、合成)されるときに、その代謝をつかさどる酵素CYPというものがあり、これが、人によっていろいろなバリエーションがあって、その結果働きにも差が出てきてしまっている現状があるのです。
Tamは、CYP2D6とCYP3D4というCYPによって、エンドキシフェンというホルモン療法剤としての本来の効き目を発揮する物質になっていくのですが、このCYP2D6に、個人個人で多少違う働きの幾種類ものバージョンがあるのです。

 日本人には、働きがゼロになってしまうような極端なCYP2D6を持っている人は欧米人と比べて稀なのですが、働きが弱いタイプのCYP2D6*10というタイプのものは結構多く存在し、この酵素を作る元になっている遺伝子のバリエーションが存在することにより起こっている現象なので、この遺伝子を受け継いでいるかどうかで、代謝能力が予想できるとされています。染色体の数にすると、このタイプの遺伝子を所有する人は、日本人全体の40%もに上ると言われています。ただ、染色体は両親から一本づつ受け継いでいますので、片親からの染色体が*10というタイプのものであってももう一方の親からもらったものが普通のCYP2D6であれば、働きが弱いという程度にとどまり、両親からたまたま同じ*10タイプを受け継いでいる場合に限り、働きがとても少なくなる(ゼロではないが。。)ということが起きることが推定されているのです。二つの染色体がこのタイプである確率は、0.4X0.4=0.16で、16%の日本人ということになります。やはり効き目が弱いのであれば、ホルモン療法剤にも他の選択肢があるので、別の薬剤に替えた方が得策な人をより分け、個人個人の体質をより正確に知ることは意味があると言えます。

 但し問題点は、代謝経路は、本当にこれですべて説明できているのか(CYP2D6の働きが弱い人たちに、別の代謝経路があり、救済されていたりしないのか。。)、他の薬剤に替えた場合、その薬剤は代謝がうまくいくのか(大概は、また違った酵素のお世話になるので、全ての酵素の効き目が弱いなどと言うことは稀であろうし、Tamほど代謝が研究されている薬剤は少ないので、わかろうにもわかりきれないものが多いという限界もある)という疑問に現段階で答えることができない点などです。

 実は、アメリカではこういったことをFDAという、日本でいえば厚労省のようなところで、最近取り上げて、Tamには遺伝子多型(いろいろなタイプのCYP)を調べてからTamを使うことを推奨しはじめたという報告がありました。日本は、このようなことには遅いので、現在進められている臨床試験(遺伝子の型と効き目を比較する試験)の結果などを待って、態度を決めることになるのだと思います。
Re:ホルモン療法について
でーび(神奈川県) 2010/06/06
齋藤様

丁寧なご回答ありがとうございました。
遺伝子検査をすることは意味がありそうだということがよくわかりました。今の病院でできるのかは定かでは有りませんが、一度聞いてみようと思います。

化学療法後のリュープリンについてはいかがでしょうか?化学療法後に生理が再開したときリュープリンを打ち始めたときと、継続してリュープリンを打つ場合とで、どの程度リスクが違うと考えられるでしょうか?

また、化学療法後に生理が止まった状態でリュープリンを打った場合と、打たない場合とで、リュープリン自身の副作用というものは何か考えられるでしょうか?(生理が止まることによる更年期症状等以外はあるでしょうか?)

以上、お忙しいところ恐れ入りますがよろしくお願いします。
Re:ホルモン療法について
佐治(埼玉県) 2010/06/16
こんばんわ

齋藤先生がお忙しいようですので、すこしだけ書かせていただきます。

1)化学療法後のリュープリンについてはいかがでしょうか?化学療法後に生理が再開したときリュープリンを打ち始めたときと、継続してリュープリンを打つ場合とで、どの程度リスクが違うと考えられるでしょうか?

2)また、化学療法後に生理が止まった状態でリュープリンを打った場合と、打たない場合とで、リュープリン自身の副作用というものは何か考えられるでしょうか?(生理が止まることによる更年期症状等以外はあるでしょうか?)

1)、2)ともに明確に説明できる根拠となるデータはないと思います。経験的には2)に関しては、差を感じたことはありませんが。

1)に関しては、リュープリンと同効薬のゾラデックスの試験があり、この試験の結果がいくらかは考えるもとになるかもしれません。INT-0101という試験です。これをもとに主治医先生とご相談いただくのがよいのではと思います。ただ、これも根拠としては強いものではなく、なにかのエビデンスをもとに考えるとすれば、これくらいかというところです。


Re:ホルモン療法について
齊藤(東京都) 2010/06/16
でーび様

お返事大変遅くなり申し訳ありませんでした。
(メールチェックが気まぐれなためと、このサイトは、専門家の皆様が活発にお答え下さっているので、忙しいときは人任せになってしまうために、お待たせいたしました。)

超頼りになる助っ人;Saji先生

簡潔明瞭なお答え、ありがとうございました。
私も全く同感です。
でーびさんは、そこまでのことを気になさらなくて大丈夫です。しかし、ご指名のまま、お待たせしてしまった都合上、少しばかり、細かいことを追加でお答えいたします。

① 更年期症状以外の症状があるかどうか。;LH-RH agonistの更年期症状以外の副作用として、注射部位反応があります。注射部位にしこりを感じたり、中には赤く腫れたりすることをいいますが、ほとんどの方は、こういった反応を感じておられませんし、一時的なものです。この注射部位反応は、1ヶ月製剤よりも3ヶ月製剤に多く発生しているようです。また「上腕部」での報告が多いことから、3ヶ月製剤使用時は「腹部」への投与が良いとされています。

② ホルモン療法と化学療法は同時に施行するのと、順次投与がよいのか。;Intergroup0100という臨床試験の報告がされており、閉経後リンパ節転移陽性・ホルモン感受性乳癌においては、術後の化学療法終了後にホルモン剤(タモキシフェン)を順次投与したほうが、同時投与に比し、良く再発を抑えるというものです。これは、似たような報告が他にもあります。以上を踏まえ、ホルモン感受性早期乳癌患者に対する化学療法とホルモン剤(タモキシフェン)の併用は同時投与ではなく、化学療法終了後の順次投与が推奨されています。しかし、閉経前の患者さんに対して行うLH-RH agonistに関しては、ガイドラインにおいてタモキシフェンと共にホルモン療法というくくりで、順次投与が薦められているものの、同時か順次かは、その有効性も有害事象も比較試験の報告が無いのではないかと思います。私見ですが、順次にすることの利点は、化学療法が卵巣機能も抑制することが多いので、LH-RH agonist自体要らなくなる人がいらっしゃる(これは、ご本人にとっては、ショックなことかもしれませんが。。)ので、化学療法後の卵巣機能如何では、内服薬の選択肢が増える(アロマターゼ阻害剤も可)かどうかを見極めてからのホルモン療法になること。同時投与の利点は、ホルモン療法の開始が早まる分、早く終われるということでしょうか。以前言われていたもう一つの利点(候補)である卵巣保護の効果は確認されていません。

以上、参考にしていただければ幸いです。
また、今後は、お薬の事を主治医の先生以外にも、薬剤師さんというお薬のプロが、お薬説明という業務を使命としているはずですから、是非尋ねてみてください。きっと、少しお時間頂けますか?と言って、沢山の資料を探してきてくれること間違い無しですよ。

では、治療がうまくいくことを祈っております。

Re:ホルモン療法について
齊藤(東京都) 2010/06/16
でーびさま

先ほどの私の返答で②は、でーびさまのご質問の内容をよく理解しておらず、送ってしまったものですので、訂正いたします。

ご質問は、化学療法で生理が止まってしまった後にLH-RHを使うかどうかですね。

これもSaji先生のお答えに同感です。

戻ってから使うも、戻る前に使い始めるも大きな差はないのではないかと考えます。しかし、証明は難しいですね。
自分の身に置き換えると、小さな差をも考えるものです。私が奥様のように30代であるならば、LH-RHを化学療法後すぐに使うのではないかと思います。理由は、幾つかあります。
1)30代ならば、生理が戻る可能性が充分にあること。
2)生理が戻らぬまでも、エストロゲンの分泌がある程度高くなってきた時点で、リアルタイムにそれをキャッチできない
ので、理論上、ホルモンの抑制が充分にできていない時期がわずかでもあることが心配されるから。
3)LH-RHの副作用に重篤なものが少ないこと。
などによります。
化学療法後の血液検査で、女性ホルモンE2の量とFSHという刺激ホルモンの量を調べてもらうと多少、生理が戻るかどうかの参考になると思いますので、主治医や婦人科の医師と相談なさってはいかがでしょうか?
Re:ホルモン療法について
清水 (東京都) 2010/06/17
先週米国臨床腫瘍学会という学会に参加してきました。そこでもCY2D6は話題になっていましたが、この遺伝子検査についてはまだ日常診療に取り入れるほどの明確な根拠はないというのが世界の専門家のわりあい一致した意見なのではないかと感じました。

新しいものに期待する気持ちは医療者も患者も一緒です。そうした気持ちに水を差すつもりはありませんが、こうした新しい診断法が本当に患者さんにとってのメリット(治療成績の向上、副作用の軽減、生活の質の向上)につながるのか、というのは、新薬と同様、臨床試験によって科学的に検証される必要があり、CYP2D6はまだその段階に達していません。CYP2D6検査の有用性を示すには、まだまだ多くの時間とお金と患者さんのご協力が必要だと思います。
Re:ホルモン療法について
齊藤(東京都) 2010/06/17
清水先生

大変参考になるご意見、ありがとうございました。

先日のCYPに関するご質問へのお答えの中でも、まだまだわからないことが多く、臨床試験の結果を待ってから・・とコメントいたしましたが、最近、通常の外来でこれに関する質問がとても多いものですから、どのようにお答えするか、まとめたところでした。

この検査は、幾つかの検査会社が請け負っておりますが、まだ保険診療外ですし、検査も遺伝カウンセリングをしてからという制約がついていますので、遺伝相談の外来がある施設や、少なくとも遺伝カウンセラーが担当する外来でよく説明を受けて受けるべき検査となっています。

体質が遺伝子のタイプで裏付けられ、お薬の効き目もそういったことで左右されるであろうという推測がなされるようになってきましたが、体質とは、複数の遺伝子で規定されているものであり、同様にお薬の代謝(分解されたり、排泄されたり、もとのままで効いたり、変化したあとに効果を発揮したり・・)もおそらくとても複雑な経路でなされるものであり、一つの遺伝子のバリエーションだけでどの程度の影響が及ぶのかは、解明が難しいことと思われます。また、すべての現象が、遺伝子で説明できるわけではないことも段々わかってきています。

ご質問くださった方や一連のやり取りをご覧になった方々が、こういった新しい知見に関して、すぐに一つの情報に飛びつかず、様々な専門家の意見を聞かれることをお勧めします。

清水先生の鳴らしてくださった警鐘をありがたく、私も受け止めたいと思います。アメリカからの最新情報をありがとうございました。
Re:ホルモン療法について
でーび(神奈川県) 2010/06/25
皆様

いろいろとアドバイスありがとうございました。
いただいたアドバイスを参考に主治医と話しあって決めて行きたいと思います。

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