コラム/エッセイ

医療者とのコミュニケーションの取り方
~主体的に医療を受けるために~

Communicating effectively with medical proffessionals

Vol.10

医療と社会のディスコミュニケーション(1)

「医療崩壊」。2006年5月に同名の書籍が出版されてから、一気にこの言葉が広まりました。「医療崩壊」が指している現実とはどのようなものでしょう。

著者の小松秀樹医師は、医療費抑制と安全要求という相矛盾する圧力のために、労働環境が悪化し、医師が病院から離れていくことを指して「医療崩壊」と呼んでいます。激務を強いられる勤務医が、産科、小児科、僻地医療から逃げ出しています。追い打ちをかけるように(と医師は感じている)、妊婦の搬送たらい回しが批判されたり、お産の際の事故で医師が逮捕されたりといったことがおきました。

低コストでより安全な医療を求められている医師が逃げ出すことや、患者の命を救えないことについて、どう考えたらよいのか。もっぱら医療サービスを受ける側の人間としては「今まで以上にがんばってくれ」と思います。しかし、地方の進学校出身者として、私には、たくさんの医者になった友達がいます。友人たちの過酷な状況を見聞きするにつけ、 「逃げた方がいいよ」とも思います。

今、医療の現場で起きているのは、「医療と社会のディスコミュニケーション」ではないでしょうか。医師は、できることとできないことを自分たちではっきりさせ、国民との間にコンセンサスを作る努力をしなくてはなりません。そして、社会も、医師が「相矛盾する」と感じている要求をふりかえり、医師の悲鳴に耳を貸さなくてはなりません。

2008年8月2日、北海道の地元新聞の報道によれば、札幌市産婦人科医会は9月から二次救急医療から撤退することを表明しました。この件に関しては、2006年末に二次救急を担当する医師から「負担が重すぎる」との報告が医会にあげられ、医会と札幌市が2008年3月から6回にわたり協議会を設けて話し合いをしてきましたが、合意にいたりませんでした。結果として、9月末から札幌市では二次救急に産婦人科の医師がいなくなります。

これは、北海道で最大、全国でも人口5番目の大都市、札幌の話です。いわんや、北海道の他の地域においてをや。お産できる病院がなくなってしまった地域もあります。お産は「平日昼間にね」というわけにはいきません。予定日に生まれるわけでもありません。普通の開業医でも、24時間365日の勤務態勢を組んでおく必要があります。それにプラスして、二次救急の当番がまわってくる医師の心身にかかる負担に、札幌市はどれだけ真剣に向き合ったでしょうか。札幌市民は耳を傾けたでしょうか。

今年2008年3月、友人の医師が、私を訪ねてくれました。「『医療崩壊』という本を読んでしまったおかげで、臨床の現場でなんとか自分を支えていたものが崩れてしまった」とこぼしていました。今はまだ必死に踏みとどまっている医師たちにとって、この医療崩壊という言葉は、耐えかねて逃げ出した仲間の存在を知り、自分はどこまでやれるのかを問いかけられるかのように響くのでしょう。次回のコラムでは、私の友人である医師たちの生の声を紹介したいと思います。

(2008年8月執筆)

難波 美帆
難波 美帆
1971年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科 准教授。 サイエンスライター。患者向けがん雑誌の編集に携わるなかで、チーム医療の理念に共感する。アドボカシーを担うNPOや出版活動に関心がある。