コラム/エッセイ
チームオンコロジーへの道
Essay: Road to TeamOncology
育児とローンとキャリア
向原 徹 Toru Mukohara
医師
国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科 National Cancer Center Hospital East
私は2009年にJapanese Medical Exchange Program (JME)に参加しました。今ちょうど2011年のJMEが始まったところですので、もうあれから2年になるのかと月日の経つ速さには驚かされます。その間、娘が生まれ、父という新しい役割を担うことになりましが、今流行りの育メンとは程遠い状況です。また、ローンも組んでしまいましたので、家族にとっても銀行にとっても、私は働き続けるべき人物になりました。
今回、「JME後の悪戦苦闘と挑戦の日々などをエッセイに」というご依頼を頂いたのですが、もしかしたら一番の悪戦苦闘と挑戦は、work-life balanceということになるかもしれません。休日にもかかわらず、今も、妻と娘を家に残してオフィスのコンピューターに向かっています。ごめんなさい。
1. JME後に一番変わったこと-キャリアについて真剣に考えるようになった
さて、Work-life balanceにも通じる話ですが、JME後に私の中で一番変わったことは、自分のキャリアについてより真剣に考えるようになったことです。その結果として、やはりリーダーとして他人のキャリアや人生にpositive impactを与えたいと本気で考えるようになったこと、そしてそれをこうして他言できるようになったことがJMEの私への一番の効能だったように思います。
医師になって以来、私は患者さんにとっても、指導医にとってもできる限り優れた医師でいる努力をしてきたつもりです。教えることも好きですのでteacherではあったかもしれませんが、どこかleaderになることは拒んできたように思います。誰かの右腕的な立場が心地よく、ずっとtraineeでいたい、といわばキャリアにおけるピーターパン症候群的な性質があったように思います。
自分の能力への自信のなさがそうさせていた部分もあったと思うのですが、JME中、上野直人先生が何気なく私達に言われた言葉が、とても印象に残っています。「先生たちは自信ない、自信ないっていうけど、下の人たちから見たら、先生たちだってすごいんだよ」という言葉でした。当たり前のことなのですが、その通りだなと。
以来、自分より若い医療者からの視線には特に気をつけるようにしています。できるだけ愚痴は言わないように、リーダーとして相応しい態度を“演じる”努力をしています。実際にリーダーに値する人物に成長しているのかは分かりませんが、ギャップはJME仕込みのskillでカバーできている、かな?
2. 私のMissionとVision
また、キャリアについて考えるにつれ、先人(医療者に限らず)がどう生きてこられたか、自分の年齢のときにどういう考えをしていたのか、ということにとても興味を持つようになりました。そうしてみていくと、やはり強い信念をもったひとがよいキャリアを築いて、世界を変えていることに気づかされます。
私のMission、Visionを下に紹介しますが、ローンを払い終えるまでの間に、この世界のがん医療を少しでもよく変えられるように、日々努力していきたいと思います。それから、目下のテーマは、10カ月の娘は無理としても、妻とどうMission、Visionをshareするかでしょうか。彼女たちの幸せが私の1st priorityですが、私のMission、Visionに向けた営みが彼女たちの幸せの一部になれば、それは理想的ですね。育児、ローン、キャリア、人生って大変ですね。
【Mission】
人の心と科学的英知をもってがん患者を不確実性から解き放つ
To release cancer patients from uncertainty with power of humanity and science
【Vision】
チームによるがん医療と、分子標的薬の個別化治療のためのバイオマーカーの開発により、がん患者に約束されたケアを届ける
I will deliver promises to cancer patients by forming comprehensive cancer care team and developing biomarkers for individualized molecularly-targeted therapy
(2011年 5月執筆)
右の写真は、私のオフィスの壁にかけている絵です。Norman Rockwellというアメリカのイラストレーターの“Visiting the Family Doctor”という作品ですが、赤ん坊をつれてとても心配そうな両親と、医師のオフィスで緊張している赤ん坊の兄、それとは対照的な何とも優しい医師の表情が好きです。なかなか彼のようにはいきませんが、目の前の患者さんにいつもそうありたいと思っています。
(2011年 5月執筆)