コラム/エッセイ

チームBの役割

Role for Team B

Vol.03

「Team B」とスピリチュアルケア

緩和ケアの広がり(正確には、ホスピス推進運動)に伴って、近年、日本の医療の中で「スピリチュアリティ」「スピリチュアルケア」という言葉が聞かれるようになってきた。直接の契機となったのは、武田文和氏の翻訳(1993)による、世界保健機関(WHO)専門委員会報告書『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア-がん患者の生命へのよき支援のために』であろう。その報告書の前提には、E・キューブラー=ロスによる一連の死に関する研究がある。また、この報告書の後で起こった、世界保健機関憲章に記された「健康の定義」の改訂議論も、日本の医療界には大きな影響があった。

これらの結果、がん末期の痛みの一つとして「スピリチュアルペイン」がある、という理解が浸透したことは、画期的なことだと思われる。しかし、緩和ケアの現場ではこれを受けて、どのようにしてこのペインを取り除くか、という誤った問題設定がなされたと思う。その結果、日本の「スピリチュアリティ」「スピリチュアルケア」理解が混乱した、と私は理解している。2007年3月に、日本におけるスピリチュアルケア研究の充実をはかり、専門職養成も視野に入れ、「日本スピリチュアルケア学会」発起人会が開催され、9月に設立大会が開かれた。バランスのとれた理解と臨床実践が日本の医療に定着することを強く祈念している。

スピリチュアリティとは、多くの未解決な課題を含みながらも、その方が人生経験を重ねる中で築き上げた人生観・来世観・人間観・価値観・歴史観・宇宙観等(象徴としてのスピリチュアリティ: Spiritual Symbol)の核心部分のことであり、またそれと向き合う姿勢(態度としてのスピリチュアリティ:Spiritual Attitude)のことでもある。身体性・精神性・社会性を持って生きる人間が、自分の存在を意味付ける、主観の領域である。

スピリチュアリティは、人間が存在する限り、たとえそれを意識していないとしても、常に機能している。このスピリチュアリティは、自分を「物語る」営みを通してのみ顕在化する。外部から客観的に対象化し、観察分析することは出来ない。科学的根拠に基づく直接ケア(Team Aケア)とは質を異にする、主観へのケア(Team Bケア)の必要がここにある。

図:「チームオンコロジーABC」の図 態度としてのスピリチュアリティ、象徴としてのスピリチュアリティ

病気を告げられたり、がんの告知をうけたり、回復の見込みや予後の見通しを伝えられたりした際に、または緩和ケア病棟での生活においても、患者は苦悩の中で自分の存在を意味付ける人生観・来世観・人間観・価値観・歴史観・宇宙観等との対話を行っている。

援助者の役割は、患者の知らない新たな人生の知恵(=「スピリチュアルな象徴」)を追加投与することではないし、また、その苦悩を「紛らわせ」「薄める」ため、「スピリチュアルな態度」を麻痺させる働きかけをすることでもない。反対に、患者自身が行う内なる対話の、静かなしかし積極的な、証人となることが求められている。聴く者が居なければ、「物語」は成り立たない。耳を傾ける人への「語り: Narrative」を通して、患者の「態度としてのスピリチュアリティ」が活性化され、自らが大切にしている「象徴としてのスピリチュアリティ」がより明らかになってくる。それに導かれて、直面する課題にどう取り組むべきか、自らの決断をすることができる。

患者の持つ「象徴としてのスピリチュアリティ」自体は、チーム医療の対象ではない。しかし、臨床において、「態度としてのスピリチュアリティ」は重要な意味を持つ。患者は治療を受けるにあたって、自分の人生の優先順位を見つめ、決断・自己決定を迫られる。Team Aの決断は常に客観的合理的なものでなければならないが、患者の決断は主観的なものである。

患者中心の治療に不可欠な「インフォームド・コンセント」は、このような「態度としてのスピリチュアリティ」が機能して、初めて成立する。つまり、治療に関する情報を「インフォーム」された患者が、どのような内的なプロセスを経て「コンセント(合意)」に至るのかに関して配慮・支援が必要である。これまでの医療は、患者の自己決定プロセスを看過してきた。患者自身のペースで治療に関する自己決定にたどり着く、患者の権利の重要さを見てこなかった。

Team Bは、患者の自己決定を支援する。治療基盤、すなわち、自分が治療の主人公であり、決断に基づく医療主体であるという、患者の自己理解を整える。これがあって初めて、EBM(Evidence Based Medicine:科学的根拠に基づく医療)を追求するTeam Aのプロフェッショナルたちによるケアが、患者自身のものになるのである。

(2007年3月執筆)

伊藤 高章
伊藤 高章
1956年生まれ、上智大学大学院実践宗教学研究科教授、同大学グリーフケア研究所副所長
日本スピリチュアルケア学会事務局長
2002-3年度スタンフォード大学病院スピリチュアルケア部スーパーヴァイザー・イン・レジデンス
専門は、臨床スピリチュアルケア、国際社会福祉論、キリスト教史