コラム/エッセイ

患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ
“チームオンコロジー”

TeamOncology ABC

Vol.01

チームオンコロジー: 患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ

チームオンコロジーという、新たながん治療への取り組みをご存知でしょうか。これは「患者さんの理解と納得にもとづく治療を行い、患者さんの満足度をできるだけ高める」という目標を掲げ、担当医はもちろん、看護師や薬剤師、放射線技師、栄養士といった医療の専門職がひとつのチームを組んで、最良のがん治療を目指すものです。(ちなみに「オンコロジー」という専門用語は「腫瘍学」を意味します。)そのためにチームオンコロジーはまず、ひとり一人、異なった背景をもつ患者さんから、治療に当たっての要求を十分に聞き取ります。そのうえで、標準的な療法をはじめとして、新たな臨床試験や代替療法までを、これまでの治療実績についての客観的な根拠(エビデンス)を踏まえたうえで提示します。そして、患者さんひとり一人に対して、どの療法が最適であるかを決めていくのです。

このようなチームオンコロジーは、1990年代の米国において発展しました。まず、薬剤師や看護師の方々が積極的に医療判断に参加することで、がんの治療にたずさわる医療者(専門コメディカル)の育成が目標となりました。その結果、各医療専門職が知識を共有して最良の治療というひとつの目的に向かうことで、患者さんによりよい治療の選択肢を提示することができるようになりました。しかも、安全性の向上までが達成されています。2000 年に入ってからは、より患者さんを中心とした医療の実現に向け、チームの構成メンバーがひろがっています。また、患者さんの権利とプライバシーの保護や、臨床試験の効率化が求められるようになってきました。

したがって、チームオンコロジーの活動は、医療サイドから見れば、高度ながん研究を目指した協業的なものにもなりますし、その継続からは新たなエビデンスがもたらされます。「よりよき医療の実現のために、いま何をなすべきか」。チームオンコロジーは、このテーマを常に考えながら進めていくものだといえるのです。

このチームオンコロジーの日本における取り組みに、M.D.アンダーソンの活動があります。M.D.アンダーソンは米国におけるチームオンコロジー推進の中心的な存在ですが、日本においてもすでに5年の歳月をかけ、日本の医療者、患者さん、さらにはメディアのみなさんとともに、日本型チーム医療のあり方について対話を繰り返してきました。その成果が下の表にまとめられたものです。これは、がん患者さんをとりまくすべての関係者を、それぞれの役割にもとづいてA、B、Cの3チームに分けたもので、包括的なチームオンコロジーのコンセプトとなっています。

チームC: community resource

  チームA チームB チームC
職種の配置 医師、看護師、薬剤師、放射線技師、栄養士、リハビリテーション療法士、病理医師など 病院付きの牧師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、音楽療法士、絵画療法士、アロマセラピスト、図書館司書、倫理委員会など 基礎研究者、疫学研究者、製薬メーカー、診断薬メーカー、医療機器メーカー、NPO/NGO、マスメディア、財界、政府など
役割、特徴
  • 患者に医療を提供する
  • 問題解決型
  • EBMとコンセンサスに基づく治療による患者の満足の達成
  • EBMの発信
  • 患者のニーズをサポートする
  • 患者の主観的な考え方への共感、コンプライアンスの実現、QOLの改善と向上
  • 自己決定を促すことで、患者の満足度の向上を図る
  • 患者のニーズを間接的にサポートする
  • 患者およびチームA、Bを包括的にサポートする
目標、課題
  • チームBの役割を知る
  • チームA内のコミュニケーションを推進
  • チームBの技法をスキルとして身につける(評価的でない傾聴を心がけ、問題解決を急がない)
  • チームAの役割を知る
  • チームAとの柔軟なコミュニケーションが求められ、チームAと患者のコミュニケーションのリエゾンとなる
  • チームAの基本的医学知識を身につける
  • チームAとチームBの役割を知る
  • 断片的でない、包括的な知識、情報を身につける
  • チームオンコロジーの方向性を提示する

具体的に見ていきましょう。まずAは、医師や看護師、放射線技師、栄養士などで構成される「アクティブ・ケア・チーム」です。このチームが患者さんに直接、医療を提供します。Bは臨床心理士や音楽療法士、アロマセラピストなどからなり、患者さんの心のケアを担当します。「ベース・サポート・チーム」と呼ばれますが、その役割が目指すところは、患者さんが理解と納得の得られる治療を受けられるように、心理面からサポートをすることです。AチームはBチームの行う心のケアについて理解し、また自らも心理面に配慮した患者さんとのコミュニケーションが行えるよう、基礎的なスキルを学びます。Bチームは基本的な医学の知識を身につけ、患者さんが医師たちとうまくコミュニケーションできるようにお手伝いをします。Cは「コミュニティー・リソース」と呼ばれ、基礎研究者や製薬メーカーから、NGO・NPO、マスメディアまでを含む多彩なメンバーで構成されています。このチームは、患者さんががん医療の動向について知識を得たり、あるいはご自分の治療についての体験を報告したりするためのバックグラウンドといっていいでしょう。

この3つのチームは、中心にいる患者さんのために、ABCそれぞれが役割と機能をもちますが、それは固定したものではありません。「患者さんの満足」という使命と目標は共通ですから、それぞれの役割も機能も時には拡張して重なり合うことがあります。たとえば、チームAやチームCが患者さんの心のケアを行うこともあるでしょう。またチーム相互に柔軟な対応と円滑なコミュニケーションを図ることで、有機的な組織づくりを目指します。その意味で、各チーム間に境界はないのです。このように個々の医療者は、患者さんの置かれた環境と患者さんのニーズに応じて、所属チームの枠にとらわれることなく、医療サービスを提供していきます。また、治療の過程においては、各チームが受け持つ役割の比率も変化していくことでしょう。

この3つのチームは互いに知識を共有することで、患者さんに対してそれぞれ、より質の高い医療サービスを提供できるようにし、患者さんの満足度の向上を目指します。ですから、患者さんの側からは、それぞれのチームとバランスのとれたパートナーシップを築いていただきたいと思います。

チームオンコロジーは、治療実績の客観的な根拠(エビデンス)を踏まえるといいましたが、この「根拠にもとづく医療(Evidence Based Medicine=EBM)」の価値は、患者さんのニーズと切り離しては考えられません。患者さんのニーズを満たしてこそ、EBMは価値あるものになるのです。また、正確な情報開示にしても、エビデンスに基づく治療の選択にしても、あるいは患者さんの権利の理解や適正ながん医療にしても、これらはどれも、患者さんと各チームの対等な関係を前提としたパートナーシップが築かれてこそ、満足度の高いものになります。この点を、最後に改めて強調しておきましょう。

(2006年12月執筆)

上野 直人
上野 直人
1964年生まれ、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授。腫瘍分子細胞学博士。専門は、乳がん、卵巣がん、骨髄移植、遺伝子治療。
J-TOPの創設者であり、ライフワークとして、がんの治療効果を最大にするためのチーム医療の推進に力をいれている。