コラム/エッセイ

患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ
“チームオンコロジー”

TeamOncology ABC

Vol.02

よりよいがん医療をうけるために

私が勤めるM.D.アンダーソンがんセンターは、がんを撲滅するという目的を掲げています。州立ということもあり、まずはテキサス州、そしてアメリカ合衆国、さらには世界からがんをなくそうと、60年前にその歩みを始めました。

*参考資料:患者さんへ贈る『最良の医療を受けるためのコミュニケーション法』
(上野直人監修)は、右のPDFに掲載しています。どうぞご覧下さい。

チームオンコロジー

私の病院では今、がんのチーム医療をチームオンコロジー(オンコロジーとは腫瘍学のこと)と言っています。単に医師だけが治療にかかわるということではなく、看護師さん、薬剤師さんも含めて、さらにはケアマネージャー、ソーシャルワーカーなど、いろいろな職種の人たちが一緒になって医師と協力し、患者さんを中心におきながら医療をしようというものです。

このチームオンコロジーを進めるにあたり、私は患者さんに関わるメンバーにはどういった人達がいるかを書き出し、これらの人々を職種ごとの役割から3つのグループに分けてみました。

1つめのグループは、患者さんと医療の面で直接関わり、医療における問題を解決する職種で、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、栄養士などです。こういった人たちは、エビデンス(治療実績の客観的根拠)や過去の経験に基づいてよりよい医療を担当するとともに、臨床試験をして、よりよいエビデンスを手にしていく役割を担うグループです。

2つめのグループは、臨床心理士、ソーシャルワーカー、宗教家、音楽・絵画療法士、アロマセラピーといった、患者の精神生活上のニーズをサポートする人たちです。こういった人たちは、必ずしも問題を解決することを役割とするわけではありませんが、患者さん、あるいはご家族の主観的な考え方への共感といった精神面に関わり、自己決定を促しQOL(生活の質)を確保するとともに、満足度を高めるためのサポートを狙いとしています。

3つめのグループは、1つめのグループ、および2つめのグループを囲むグループで、ご家族、友人、研究者、製薬メーカー、メディア、政府といった関係の人々で、直接的に患者さんを治療しているわけではありませんが、いろいろな形で包括的なサポートをするグループです。

このように、一人の患者さんには様々な職種の人がかかわるというチームオンコロジーの考え方は、今後非常に重要になってくると思います。

家族の役割

医療をよりよいものにするのは、医療従事者だけではありません。チームオンコロジーの考え方では、患者さんを中心とした医療において家族も間接的に大変重要な役割を担っています。患者さんの気持ちを理解して問題点を把握・認識し、そして解決できる問題と解決できない問題を見分けることが家族の役割のポイントです。

(1)患者さんの気持ちを認識する

一例を挙げれば、患者さんが怒っていたり、あるいは哀しいと思っている気持ちを「怒っているんだね」「哀しいのですね」と家族が言えるということが、非常に重要なことなのです。

ただし、患者さんと同じ気持ちになる必要はありません。相手が泣いてるから、私も泣くという必要はないのです。大切なのは、問題を意識したり、気持ちを認識することです。患者さんと常に気持ちを同じように保っていたら、家族は燃え尽きてしまうからです。

仮に、夫にがんが再発して、治療がうまくいっていない。夫は哀しくて涙があふれて、しかも苛立っている。そんな時、妻に「あなたの気持ちはよくわかります。とにかく頑張るしかないのだから、早くお医者さんに相談しましょう」と言われれば、夫はきっと「お前なんか、がんじゃないから俺の気持ちはわからないのだ。頑張る?いいかげんにしてくれよ」と思うでしょう。

逆に、「あなたは苛立ってるのね。わかるわよ。今、何考えているの?どう思っているの?」と問いかけてみたらどうでしょう。それでけっこう多くの患者さんは、「私の気持ちがわかっている」と受け取るというわけです。

(2)問題点を認識する

もとより、生起してくる問題には解決できるものと解決できないものがあります。たとえば、家族の皆さんは薬を出すことはできません。体が痛いと患者さんが苦痛を訴え、苛立っていても、それは解決できないことです。しかし、解決できる問題は沢山あります。車を代わりに運転するとか、薬をとりにいくとか、寒いから布団をかぶせてあげるとか、生活に直接関わることはできるはずです。これは家族の皆さんができる比較的簡単なサポートです。

解決できない問題をどうするかということは課題ですが、問題点を認識するだけでも十分なサポートの一環ですから、ご家族の皆さんは、是非それに気づいていただきたいと思います。

(3)家族自身のケアをする

患者さんと接する家族の役割としてさらに重要なことは、ご家族が、ご家族自身のケアをすることです。もしご家族自身が助けがほしいと思ったら、ほかの人に助けを求めてください。

また、相手の気持ちに振り回されないでください。言い換えれば、自分の気持ちに正直であることが大切です。患者さんが哀しんでいるから、家族も一緒になって哀しむ。あの人が哀しんでいるから私はゴルフに行けない、ショッピングにもいけないというようなことでは困るのです。難しい病気になって、患者も家族と一緒に、運命共同体で沈んでいくということではいけません。大切なのはそれぞれが自立しているなかで、相手の気持ちに影響されないでサポートをすることです。それにはご家族自身がしっかりした立場で患者さんと接し、家族自身が幸せである必要があります。

よりよい医療を受けるために

私は、医療とは患者さんの満足度を高めることであると考えています。満足度を計ることはとても難しいのですが、患者さんがどういう医療を求めているのか、どういう人生観、あるいはバックグラウンドを持ち、何をしたいのかをしっかりと聞く必要があります。つまり、何をしてあげれば患者さんが納得できるのかを知ることです。がんを縮小させることだけを患者さんは望んでいるわけではないと思うのです。

満足の中身にはもちろん病気が治る、あるいは病気をコントロールできるようになるといったことはあると思います。ただ、必ずしもそれで正解とは言えません。がんを抱えていて、仮にQOLを維持できず、また病気を治すこともできなくても、本当に納得できる医療を受けたという満足感を得られるかどうかがポイントです。確かに、実際に満足を計ることは難しいですが、患者さんと上手にコミュニケーションして、いかに患者さんに満足してもらうことができるかが、医療従事者、そして家族の大きな仕事であり、責任であると思います。

患者さんを中心としたチームオンコロジーに家族も参加することです。その際、まず焦らないでください。がんは慢性病で、がんの治療はマラソンのようなものです。ですから、ゆっくり走っても、走りすぎても困るのです。息切れを起こし、無気力感に陥ってしまいます。医療従事者はマラソンのコーチであり、家族もマラソンのコーチの一員です。その感覚でがんに取り組むことが大切です。

また、マラソンのペース配分を間違わないためには、きちんとした情報を取得することが不可欠です。特に、悪いことを言われると、人は頭の中が真っ白になってしまうものです。そのためには、ご家族も患者さんと一緒に医師の話を聞いてください。本当に良い治療を受けるチャンスは、目の前にころがっています。それを獲得するには、患者さん、そしてご家族自身が医療の受け方の取り組みを変えることにあると思います。

(2007年1月執筆)

上野 直人
上野 直人
1964年生まれ、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授。腫瘍分子細胞学博士。専門は、乳がん、卵巣がん、骨髄移植、遺伝子治療。
J-TOPの創設者であり、ライフワークとして、がんの治療効果を最大にするためのチーム医療の推進に力をいれている。