コラム/エッセイ

患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ
“チームオンコロジー”

TeamOncology ABC

Vol.03

がん治療の原則(1)~(3)

はじめに

■原則を守りながら、がん治療を行うことが大切です!

日本の医療従事者がアメリカに来ると、下のような大変に興味深いコメントを口にします。

「アメリカの医療はとてもアバウトである。悪く言えば、がさつである。」
「アメリカの医療はお金がかかりすぎている。お金をかければ、日本でも同じようにできる。ただ、日本はお金を簡単にはかけることができないので、アメリカに追いつけないだけだ。」

とてもおもしろいコメントだと思います。この2点のうち、初めのコメントについては、ある放射線療法の医学物理士(Medical Physicist)から、アバウトでもいいのではないかという意見をいただき、考えさせられました。なぜアバウトでもいいのかというと、アメリカはポイントを押さえた医療をしているから良いのだというのです。つまり、原則を守りながら、誰もが均質に医療あるいはケアを行っているというのです。

僕も、確かにそうだと思います。つまり医療の原則、特に、がん治療の原則というものを明確にすることができるだけでなく、実際の医療でも原則的なことが実施できていると、アバウトでもかなり質の高い医療が行えるということかもしれません。

本当にアバウトかどうかは別として、がん治療の原則を守ることができないなら、アメリカではがん医療をする資格はないのかもしれません。また、この原則が見えてくると、がん医療の日米の差が必ずしもお金の問題でないと気づいてくるかもしれません。

それでは、がん治療の原則について、まずは(1)~(3)について述べてみたいと思います。次回は、(4)~(6)について述べます。

がん治療の原則(1)

■治療が効くか効かないかは身体の調子によって決まります

がん治療が効くか効かないかが何によって決まるかというと、それはパフォーマンス・ステータス(Performance Status:PS)によって決まります。パフォーマンス・ステータスとは、患者さんがどれだけ元気に活動しているかの指標です。全身症状の指標とも言います。これはカルテにちゃんと書いてあるはずです。医師は、これをふし目ふし目でちゃんとカルテに記入しなければいけません。

つまり、元気な患者さんほど、抗がん剤を投与すると効果があります。そして、身体の調子が悪い人ほど、抗がん剤を投与すると良くなるより悪くなる可能性が高くなります。ただし、この原則からはずれる症例もあります。たとえば、がんが重要な臓器(肺など)に明らかに直接的に悪影響を与えていて、身体の調子が悪い場合です。このような場合は抗がん剤を投与すると効果がありますが、多くの場合、身体の調子が悪い人ほど、抗がん剤を投与すると悪くなる可能性が高くなります。

つまり、身体の調子の悪い人に、最期の最期まで抗がん剤を投与することは、生活の質(QOL)を下げることになります。また逆に、調子のいい人は、多くの治療オプションを求めても良いと思います。ただし、進行性がんについての治療は臨床試験で積極的に治療すべきであり、勝手な組み合わせによる治療は行うべきではありません。

がん治療の原則(2)

■がんになると、以前と同じ人生には戻れません

厳しいことを言って申し訳ありませんが、がんは治りません?!

つまり、治るとは、どういうことなのかということです。僕自身、がん患者ですが、患者として言えることは、仮に医学的にがんが治ったとしても、多くの患者さんは再発がおきないか、心の中で葛藤しています。また、治療の副作用やその経験によって、人生観が変わってしまいます。

なので、僕は患者さんには、がんになると以前と同じ人生には戻らないだろうと言います。決して同じ人生に戻れるとは言いません。「治る」、すなわち「以前と同じ人生に戻れる」と気軽に言うのは、医療従事者の勝手な言い分だと思います。

さて、人間はいずれ死にます。がんになると、この、人間はいずれ死ぬという明白な事実が真に迫ってきて、今まで考えたこともない人生観というものを考えさせられるようになります。しかし、がんの告知を受けない人は、この人生を考えるという、またとないチャンスをのがすことになります。

また、がん患者が死を感じ、自分の人生を考えるということは、がんの初期の段階から、緩和医療が必要なことを意味します。がん患者が、この病気とどのように取り組みたいのか、そして、どのように死を迎えたいのかは、いろいろだと思います。いろいろで良いと思うのですが、がんと診断された時から、それらのことを考えた方がいいと思います。そして、がんの初期から、がんの症状を軽減し、生活の質(QOL)を高める緩和ケアを行っておけば、それらの様々な人生をよりよく選択できるようになります。

そういうわけで、医療従事者は、治療のみならず、緩和ケアも含めて、患者さんとつきあうことが大切です。つまり、がんという問題は、患者さんの人生の中では、消すことのできないスタンプを押されたようなものなのです。がんになるとは、がんと共に生きることなのです。

がん治療の原則(3)

■標準療法が、がん医療の根幹です

がん医療の基本を理解している人は、治療とケアが大きく3つに分かれることを理解しています。次のように、治療・ケアには3種類しかないのかもしれません。

(1) 標準療法
(2) 臨床試験
(3) (1)と(2)の間で、エビデンス(治療の科学的根拠)を最大限に引き出し、治療をすること。

この3つの使い分けができる医療従事者が一番すぐれていると思います。この3つを理解して、そのつながりをチームを作って実践できる人たちは、良いがん医療を提供できる可能性が高いでしょう。しかしながら、そのような人たちがいるかというと、なかなかいないのが現状です。また、それらを行うことができると言っているだけの医療従事者がいるだけなのが現実です。

がん治療は常に変化するので、標準を理解していない医療従事者は、がん医療の問題点さえ気づいていないし、解決法も知らないことが多いものです。つまり、標準がないので、ちゃんとした根拠に基づいて治療を行うことができないのです。あるいは逆に、適当に自分の治療法を作って、いかにも良い医療であると宣伝するようなことに陥ってしまいます。

標準療法が、がん医療の根幹であるというのが、がん治療の原則です。この原則から外れたければ、医療従事者の方々は、臨床試験などを行ってエビデンスを創ってください。

(次回vol.04の「がん治療の原則(4)~(6)」に続きます)
(2008年4~7月、ブログ「がんのチーム医療」に掲載。2009年4月、加筆修正)

■参考資料■

上野直人氏が、がん患者となって「感じたこと、考えたこと」を下のWebページなどで読むことができます。どうぞご一読ください。
◆◇Webページ記事
私からのメッセージ 上野直人さん「医師として見ていたこと、患者になって見えたこと」
※上の記事はWebサイト『がんになっても ―がんの治療を、その人「らしい」生活のなかで―』に掲載されています。

上野 直人
上野 直人
1964年生まれ、テキサス大学MDアンダーソンがんセンター教授。腫瘍分子細胞学博士。専門は、乳がん、卵巣がん、骨髄移植、遺伝子治療。
J-TOPの創設者であり、ライフワークとして、がんの治療効果を最大にするためのチーム医療の推進に力をいれている。