コラム/エッセイ

チームオンコロジーへの道

Essay: Road to TeamOncology

乳がん診療の進化・発展を求めて

医師:金 隆史

金 隆史 Ryungsa Kim

医師

広島マーククリニック Hiroshima Breast Cancer Center

MDAのチーム医療に学ぶ

2003年4月に、MDアンダーソンがんセンター(以下MDA)とのMedical Exchange Programの一期生として、チーム医療の現場を目の当たりにして感銘を受けたのが昨日のようです。当時本邦では、2000年以降ようやく日常診療にEBM(Evidence Based Medicine)の概念を導入しようとの動きがでてきた時期であり、タイムリーな経験でした。

これまでの医師を中心としたピラミッド型構造と各職種組織がそれぞれ独立して行動する医療システムからみると、MDAの医療システムは患者中心に各職種が機能的に融合して診療を行っており、スペシャリストとしての能力の高さも驚きでした。日本との医療制度の違いを差し引いてみても実践導入できることが多くあると感じました。特に、各職種間の連携の強化、医療専門職としてのスキルアップなどを通じて、医療の質を向上させることは何よりも患者の満足度を上げることにつながります。

当時私は大学に勤務しておりましたが、残念ながら、大学の医療機構では先述の縦型構造により、MDAのシステム導入は容易ではない部分が多々ありました。しかし、その中においてもチーム医療の概念の普及に出来る限りの力を注ぎ、微力ながら一石を投じたと自負しています。10年近く経過した現在、多くのがん拠点病院で日常診療の中で、患者中心のチーム医療の概念が導入・実践されているのをみると、隔世の感があります。

乳がん診療専門施設「広島マーククリニック」の開設

2007年大学を辞し、ライフワークであるがん診療・研究を継続したい思いから、広島市民病院を経て2008年、広島で最初の乳腺専門クリニックを開設いたしました。そのクリニックの名称である広島マーククリニックの「マーク」には、乳がんの歴史を刻む(making breast cancer history)という深い意味が込められています。

開設の理念は、(1)最新の乳がんの診断・治療法を駆使し、広島県及び日本の乳がん治療成績の向上と死亡率の低下に貢献すること、(2)乳腺専門医および専門スタッフによる乳がんの生物学と科学的根拠に基づいた診断・治療を行い、乳がん治療ネットワークの一翼を担うことです。スタッフは薬剤師1名、看護師4名、事務3名と私の9名で患者を中心としたチーム医療的アプローチにより乳がん診療を行っております。

診療は検診/診断、手術、外来化学療法の3つの柱からなっており、開院4年間当院で発見された原発性乳がんは 303例、日帰り乳がん手術212例、外来抗がん剤施行件数は2,053件に及んでいます。受診患者は広島県内のみならず中国地方各県、さらに遠方からの来院もあり使命の大きさを痛感しています。

当院での大きな柱のひとつ、乳がんの日帰り手術ですが、「乳がんイコール大病院に入院し、全身麻酔」と固く信じている人が多いことに驚きます。「がん」と付けばそれが当たり前だと思うようです。欧米では既に80%以上が日帰りであることも知らされていないのですから無理からぬことですが、それにしても大きな違いを考えさせられます。日常生活を中断せずに済み、心身への負担、仕事・家庭への復帰、費用面といい大きなメリットがあることは実証されているので、今後の増加を願うものです。幸い、今まで手術した患者からは皆日帰りで良かったとの感想を頂戴していることを付け加えます。

生涯一オンコロジストとして

乳がんの診療は、ここ十数年間に目覚ましい進歩がありました。乳がんの縮小手術、センチネルリンパ節生検、整容性の追及、種々の新規抗がん剤・ホルモン剤の導入等、多くの変化が押し寄せ、日常診療では益々専門的判断・治療が求められています。

乳がん治療の個別化は最も重要な課題でありますが、それには乳がんの生物学的多様性の解明が不可欠といえます。臨床現場では、いくつかの病理学的指標が用いられていますが、個々の生物学的悪性度を規定するには十分とはいえません。発がんの重要なメカニズムとして、遺伝子(がん遺伝子/がん抑制遺伝子)の変化は良く知られていますが、乳がんの生物学的多様性も遺伝子変化による説明で十分でしょうか。乳がん患者の転帰に関する臨床的多様性は、乳がんのheterogeneityに由来し、そのheterogeneityは遺伝子変化のみから生じるのでしょうか。

がんの生物学的多様性に対する解答は、未だ画一的法則では説明できないものと言えます。乳がん細胞の形態には、一つとして同じがん細胞はなく、がん細胞のbehavior を規定している因子が他にもあると考えられます。医を務めて仁となすために、また心医たるために当クリニックに課した理念を実現すべく、生涯一オンコロジストとして真摯に取り組んで参りたいと思います。

(2012年 6月執筆)

ちょこっと写真、ちょこっとコメントMy interest at a glance:

写真は、ある日の手術風景です。

日帰り手術で用いる静脈麻酔では、全身吸入麻酔に比べて、免疫機能への影響も軽微である可能性があります。現在、米国では乳がんの再発・転移率について、吸入麻酔と静脈麻酔での比較試験(NCT00418457)が進行中です。

下の画像は当院のロゴマークです。

(2012年 6月執筆)

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