コラム/エッセイ

ヤングオンコロジースペシャリストの声

Essay: Voice of Young Specialists

自分の夢の実現が、患者さんとそのご家族の夢の実現につながるように
~メジャーへの挑戦~

医師:佐々木裕哉

佐々木 裕哉 Yuya Sasaki

医師

筑波大学附属病院 血液内科

京都大学理学部で生物学・化学などを学ぶ中、祖父のがん治療をきっかけに医師への道を志し、大阪大学医学部へ編入学し医学を学ぶ。現在、小倉記念病院において血液内科治療の最先端の仕事に携わっているが、近い将来、米国で臨床試験のノウハウを臨床医として学びたいと思っている。
米国を目指して

みなさん、はじめまして。現在、福岡県の小倉記念病院で血液内科医として勤務中の佐々木裕哉と申します。突然ですが、私は、近い将来に渡米することを目標にしております。ご存じの通り、日本で日常的になされている医療行為は多くの領域で世界の最高水準にあります。それなのに何故アメリカを目指すの?としばしば尋ねられます。

標準的治療とは治療の王道のことです

ところで、優れた治療とはどのようなものを指すのでしょう? よく効く治療のことでしょうか? 副作用の少ない安全な治療でしょうか? 一般的に、世の中で確立された治療方法として認められるためには、臨床試験と呼ばれるいくつかの関門をクリアする必要があります。

臨床試験とは、新しく提案された治療方法が安全で、効果的であることを確認するための取り組みです。そこで安全性と効果を認められた治療方法のみが晴れて新しい治療方法として世に送り出されることになります。そして、その中で最も安全で効果的な治療方法は「標準的治療」と呼ばれます。

日常の診療の中で、患者さんに「病気がこういう状況で、状況を考慮すると、標準的な治療であるこの治療計画を組むことができますよ」と説明申し上げると、しばしば、患者さんは首をかしげられ、「標準的(“平均的”や“まあまあよい”という意味でしょうか)な治療ではなく、最高の医療を受けたい」と言われます。

前述の通り、安全性と効果の両者を踏まえ、最もよいと評価を受けた治療方法に「標準的」の称号が与えられますが、元来の「標準」に含まれるニュアンスと「最もよい」というニュアンスが異なるために、誤解を招くことがあります。そこで、私は、「標準的治療方法とは、治療の王道と捉えてください」と説明を申し添えます。王道としての治療が始まることになると聞かれることで、患者さんは安堵の表情に変わります。

臨床試験のノウハウを学びたい

さて、最高の称号である「標準治療」も含め、まず通過すべき関門は臨床試験ですが、日本は米国に比べて年間に行われる臨床試験の数が少ないのが現状です。人口の問題や文化の違い、医療制度の違いがこの差を生み出しているようです。医療者の立場からすれば、この差はよりよい臨床試験を実施する (安全性を限りなく高めながら、新規治療の効果をきちんと評価できる新しい治療方法を考案する) ためのノウハウを身に付ける機会に、日本は米国ほど恵まれていないことを意味します。

2012年に山中伸弥教授がiPS細胞の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞されたことは記憶に新しいところです。山中教授の研究は、いくつかの因子により細胞を初期化することが可能である、という生命科学上の大発見であるほかに、それを応用した新規治療の開発も期待される世紀の発見でした。受賞の記者会見で、「1人の患者さんの命も救っていない」と言われたことは臨床医である私の心に強く響きました。

iPS技術は基礎研究のさらなる発展を待って、血液がんの治療応用に使用される日がやってくるかもしれません。そして、もしかしたら、そのような血液がんに対するiPS 細胞を用いた新規治療は日本で初めて行われるかもしれません。勿論、そのときには倫理的な問題が解決された上で、臨床試験を実施することから始まっていくでしょう。そして、最良の治療方法だと認められれば、それは未来において標準的治療と呼ばれるでしょう。

医師を志したきっかけ

話は変わりますが、私は特異なバックグラウンドをもつ医師です。高校時代は教師になることを目標としていたために、医学部ではなく、理学部を志しました。京都大学理学部では自由な学風のもと、数学・物理学・化学・生命科学・教育学の基礎を学びました。そして教師を目指し歩みを進めていくなか、祖父が悪性リンパ腫で他界し、初めてがん診療を目の当たりにしました。これをきっかけに医師への道へと方向転換し、大阪大学医学部へ編入学しました。

大阪大学では医師になるためのトレーニングのほか、研究の機会にも恵まれ、米国に短期留学をしました。大学卒業後は、沖縄県立中部病院で、アメリカ式教育方法に基づき臨床医としての基礎を叩きこまれました。そして、それを発展させる形で、京都大学医学部附属病院、小倉記念病院において血液内科治療の最先端の仕事に携わっています。

大学時代に自然科学との関わり方を教わり、患者さんが治療の中心となる医療行為の実践のためにと、今もなお、さまざまな方々から指導を頂く日々です。そんな日常の中で、いつしか私は、来るべき国内臨床試験の日に備えて、米国で臨床試験のノウハウを臨床医として学んでいきたいと思うようになりました。

Connecting the dots (点と点を繋ぐこと)

アップル社の故スティーブ・ジョブス氏は、スタンフォード大学の卒業式の祝辞で、「ドット(点)とドットを繋ぐこと」というお話をされました。過去に成し遂げたこと(点)を繋いでいくことで未来を切り拓く、という内容のスピーチでした。

私は渡米を実現させ、「自然科学への関わり方を教えられた時代の私」、「アメリカ式教育を沖縄で受けた私」、「京都と小倉で血液診療の最先端と患者さん中心の医療実現を叩きこまれている私」という、これら3つのドットをうまく繋ぎ合わせることで未来予想図を描き、前に進んでいこうと思います。

そして、将来、米国で臨床試験のノウハウを身に付けて、世界中の患者さんに対して科学的に安全で効果的な新規治療を提案するお手伝いをすることで、少しでも世の中の役に立てればと思っています。
私の夢の実現が、患者さんとそのご家族の夢の実現に繋がるよう、強く願いつつ…

(2013年 8月執筆)

ちょこっと写真、ちょこっとコメント

中学時代に出会ったソフトテニス (軟式テニス) は、大学時代まで続けました。あまり上達はしませんでしたが、よい思い出がたくさんできました。

社会人になってからの苦しい場面は、ソフトテニスで培った根性で乗り切ってきたようなところがあります。最近、職場にソフトテニスの達人が赴任されたことをきっかけに、再開を密かに計画中です。アメリカではほとんど普及してないのが寂しいなぁ・・・

出身高校のソフトテニス部は、今年もインターハイ出場を決めたようです。出身中学も全国大会の常連であり、彼らのパワーに負けぬよう、僕も頑張るゾ!

(2013年 8月執筆)

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