コラム/エッセイ
ヤングオンコロジースペシャリストの声
Essay: Voice of Young Specialists
自分の目指すもの ~患者さんへの医療と臨床研究のバランス~
松田 諭 Satoshi Matsuda
医師
慶應大学病院 Keio University Hospital
はじめまして、慶應義塾大学医学部外科学教室(一般・消化器)の松田 諭と申します。この度は、このような機会を頂きまして大変恐縮しております。
外科の道に進んで想ったこと
「全力投球した仕事で感謝をしてもらえたら最高だ」 そういった思いで医師を志し、「患者さんにとって人生最大級のイベントである手術に関わることができれば、患者さんに必要とされる医師になれるのではないか」という想いで、外科の道に進みました。
一方で、かねてより日本とは異なる環境で、違った文化の仲間と医療をしてみたいという漠然とした想いがあったため、外科領域の国際比較などの記事にはよく目を通すようにしていました。そんな中、知れば知るほど、国による術式の違いに驚かされました。胃癌のD2郭清でこそ、諸国で広がりつつありますが、結腸癌のD3郭清、直腸癌の側方郭清、ましてや食道癌の3領域郭清に至っては、本当に限られた施設でしかなされていません。
患者背景、保険制度の違いなどが存在することは承知の上ですが、同じ人間を治すために、より良い外科医療を提供しようと皆思っているはずなのに、どうしてこんなに違うのだろうかという想いが日増しに強くなりました。そして、日本の外科治療の良さを発信していくような仕事をしたいと考えるようになりました。
患者さんを集団として見るようになっていた
目の前の患者さんに少しでも力になることができればと思い、志したはずの医師像が、いつしか情報発信に意識が及び過ぎるがために、患者さんを一人ではなく、患者集団として見るようになっていました。
そんな中、昨年のJapan TeamOncology Program (J-TOP)のThe 1st TeamOncology Leadership Academyに参加しました。そこで、自分のVisionは何なのかを考える機会を与えられ、“To provide the highest quality surgical treatment of Upper GI cancer which includes advantages of the USA, Asian and European standard treatment.”を自分のVisionとしました。
しかし、そこに参加した皆さんのVisionの中心には患者さんがいた一方で、自分のVisionの中心には患者さんはいなかったことに違和感を覚えました。以降半年間、日常業務に追われながらも、本当に自分のやりたいことは正しいのだろうかという想いが強く残っていました。
自分の臨床研究が目の前の患者さんとつながった!
そんな中、つい最近、それまで取り組んでいた小さな後ろ向き研究の結果が出ました。食道癌術後再発のリスク分類に関するものです。
そして、ふとした瞬間に、自分の担当患者さんにそれを当てはめてみました。そのとき、自分が夢中で取り組んでいた臨床研究が、目の前の患者さんとつながり、自分の臨床研究が一人の患者さんの今後の外来フォローに役立つかもしれないと初めて実感することができました。
本当に小さなことだと思います。しかし、臨床と研究ともに駆け出しの自分にとっては、あまりに大きな気づきであり、日常臨床・研究のいずれに対しても見る目が変わりました。
日常診療と研究活動の両立を目指して
目の前の患者さんへのフィードバックをイメージすることができる研究をすること、そして自分の発信したい情報が自分のその日の担当患者さんに少しでも役立つと感じることができれば、患者さんと研究が一本の線でつながるということを実感することができました。
未だ駆け出しではありますが、今後も日常診療と研究活動の両立を目指して頑張ってまいりたいと思います。皆様、今後ともご指導のほど、よろしくお願いいたします。
(2013年 9月執筆)
中学・高校のバドミントン生活から一念発起し、大学ではアメリカンフットボール部に所属しておりました。右の写真はそのときのものです。
アメリカンフットボールは、外科医になって、もっともやってはいけないスポーツの一つだと思いますが、ジム通いだけは続けています。相当疲れていても、トレーニング後にはテンションは最高潮、頭が高速回転し始めるのを感じます。
BP (血圧ではありません。ベンチプレスです) 100kgは、最低挙げ続けることのできる外科医をめざし、今後も両立していきたいと思います。
国立競技場、東京体育館にお越しの際には、ぜひお声掛けください。御一緒しましょう。よろしくお願いします。
(2013年 9月執筆)