MDAでの研修

Japanese Medical Exchange Program 現地報告

Japanese Medical Exchange Program & Reports

HOUSTON滞在記

 

いそいそと成田に集合し、メンターにお土産を用意したりしながら、一路、HOUSTONへ!

IAH空港に降り立ち、入国審査では「I-94ってどうやってやるのかしら?」などMDAの研修に必要な手続きをしようとJME2019の方々作成の資料を片手に目を回しました。(実際には入国審査でその場で行う事は無く、インターネット手続きでした。)

 

空港にはNurse PractitionerでJMEのProgram DirectorであるNickが迎えに来てくれていました。Nickに会えたとき、3人ともどれほどほっとしたことか・・

ホテルに連れて行っていただき、夜にはNickのご家族とDinnerにも連れて行っていただきました。      Tex-Mex(テキサス料理)とMargarita、楽しい会話で初日の夜は更けていきました。

翌日はMDAの別館に赴き、Human Resource やVisa officeでMDA observer Budgeを入手。一筋縄ではいきませんでしたが最終的には無事に3人とも入手しました。夜はJ-TOPのメンターの先生がたに     Welcome dinnerをしていただき、3人のテンションはどんどん上がっていきました。

 

翌週からいよいよ実習開始。

初日はSingh先生に乳腺の手術を見せていただきました。乳腺科医師であるはるるは、日本と同じ所、違うところを観察し、様々な興味があふれ出しました。Singh先生はレジデント指導の傍ら、一つ一つの質問に丁寧に答えてくださりました。また別の日にはBreast Surgical Clinic (外来)も見学させていただき、日本と比べてもかなり詳細に術前検査をし、段階を踏んだ手術が行われており、感慨深かったです。

 

外来見学はMultidisciplinary Care Clinic, Outpatient Infusion Centers, Radiation Oncology Clinic, Surgical Clinicなどを半日ずつ、順次見学させて貰いました。MDAではPhase1の治験薬投与のみを行う外来化学療法センター(CTRC)に1日80-90人来院し、その他の化学療法を行う化学療法室は4ヶ所ありました。1箇所の化学療法室に1日約400人の患者さんが来ているとのこと。化学療法室のNPとの会話では「ルートキープを3回してもできなければ、8階のVascular Access Centerに送るのよ。」と。他にもひたすら骨髄穿刺を行うBone Marrow Aspirationセンター(60-70人/日)の見学もさせていただき、部門の細分化に感嘆しました。職員の総数は2万5000人で、日本では考えられない規模の多くの患者さんたちが来院し、詳細に分けられた部署に受診し、検査や治療を受けている事を実感しました。そんなに多くの患者さんが来院しているにもかかわらず、化学療法センターや外来では1人1人の患者さんにあくせくすることなく対応し、診察や説明も丁寧かつユーモアのある会話がされていました。ゆったりした雰囲気の影響か、患者さんもご家族もしっかりと質問や不安を話されている印象で、医療者側、患者さん側ともに日本との文化・体制の様々な違いを感じました。

各部署ではNurse Practitionerが大大大活躍していました。Nurse Practitionerは日本ではなじみのない役職ですが、日本では医師が行っている実務の大部分を、MDAでは(「アメリカでは」で無いところが実はポイントです)Nurse Practitioner(NP)やPhysician Assistant(PA)がカバーしていました。NPは検査のオーダーや処方をする事もでき、患者さんと密にコミュニケーションし、大枠の治療方針決定や重要なトラブルシューティングは医師が行っていました。そのことに見学中に驚きをしめすと、各スタッフから「アメリカ全体がここまでのシステムではなくMDAのシステムなのだ。そして私たちはそれに満足している」というお話を何度も聞きました。職員の満足度が高い事が良い診療の提供に繋がっているのだ、と感じました。

 

各部門を訪れるとき、たいていは3人ばらばらにNPやPhysician、その他栄養士さんや作業療法士さんについて見学しました。見学の合間に、その医療者の生い立ちやプライベートのお話を聞くこともありました。他の国から移民してきた方も多く、異国から来て資格を取得しエネルギッシュに働く姿勢を尊敬するとともに、「もっと攻めていこう!」と勇気を貰いました。

 

MDAの職種の種類の多さに、看護師のりかは驚きました。日本よりも職種の種類が多く、細分化されているにもかかわらず、スタッフがお互いを尊敬し働いていたのがとても印象的でした。スタッフと話していると「彼女はとても素晴らしい看護師よ」「彼となら信頼して仕事ができる」と、相手を尊敬した返答が多く返ってくることに驚きました。テキサス、特にヒューストンの文化も相乗してか、MDAのcore valueの1つCaringが体現されているように思えました。

薬剤部の見学では、処方せんを出力せず電子カルテ上でオーダーを確認していること、自宅で電子カルテが見られるため在宅ワークが可能であることなど日本との違いに薬剤師のゆかは驚きました。また、臨床部署と中央部署が独立しており、薬剤師同士の関わりが薄い中でもお互いの仕事を尊敬し合っていたことが印象的でした。

 

JME2019までと今回での大きな変化は、上野先生がMDAからハワイ大学に異動され、新しく生駒先生がDirectorとなって下さった点です。渡米前は生駒先生を直接は存じ上げず、不安がありました。しかし、生駒先生は病院の見学はもとより週末に市内を案内してくださったり、お勧めのshoppingエリアに連れて行ってくださったり、大変お世話になりました。消化器外科医として世界の第一線でご活躍されながら、JMEの活動を牽引してくださることに感謝の念が耐えませんでした。また上野先生にサプライズでお会いすることもできました!偶然別の用事で私たちの滞在中にHoustonに来られたそうで、前触れなしに病院で顔を見せてくださいました。「つながく」ぶりにお会いでき、メンバー全員久々のボス登場に最後のパズルピースがはまったような、安心感を得られました。

 

 

JME恒例のNASA見学にも、もちろん訪れました。「ドリーム」(原題:Hidden Figures)という黒人女性3人が1960年代にNASAで計算手として人種差別と戦いながら活躍していた映画を見ていたはるるは、映画の世界観を体感し、感動しました。また、space nurseに憧れている(笑)りかも、スペースシャトルで興奮し、たくさん写真を撮りました。私たちは1月に渡米したため、NASAを訪れた日も寒く、かつ強風で移動のトラムでゆかは震えていました。(滞在中気温差があり、dangerous coldとNewsになった寒波が到来し-2℃になった日もあれば20℃の暖かい日もありました。)

 

 

2週間はあっという間で、瞬く間にFarewell Dinnerの日がやってきました。Dinnerの席ではMission Visionをメンターの先生方と共有し、Nickから「日本で3人とも女性としてリーダーになってください」と暖かい励ましの言葉を頂きました。他のメンターの先生方からも「この4年間JME2020の事は忘れていなかった。JME2020 always comes first」と優しい言葉をかけてくださいました。

 

 

 

今回の体験は非常に濃密で訪れた全部門やlecture(Joyce先生のEthics Discussionも非常に有益でした)に触れられてはいませんが、すべての経験が大変貴重で学びが多かったです。今回の滞在は3人1室でしたので夜な夜な女子3人で職種別相談会、mission vision相談会を開き、普段の同職種・同施設の医療者の会話とはまた違う気付きを得ることもありました。まるで学生に戻った様な感覚で、突然訪れた第二の青春は最高の経験でした。

 

今回のプログラムを実現させてくださったすべてのJ-TOPメンターの先生方、笛木さんに感謝の意を示し、blogを終わりたいと思います。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 


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