コラム/エッセイ

医療者とのコミュニケーションの取り方
~主体的に医療を受けるために~

Communicating effectively with medical proffessionals

Vol.02

M.D.アンダーソンとの出会い

私がこのコーナーにコラムを書かせていただくことになるM.D.アンダーソンとのご縁の始まりは、2003年秋にさかのぼります。ある乳がん患者会が、創設15周年を記念して企画した「M.D.アンダーソンがんセンター視察旅行」に同行し、取材をさせてもらったのが、そのご縁の始まりです。そのとき、私以外の参加者は全員乳がん経験者でした。彼女たちに同行することで、M.D.アンダーソンの医療を患者の視線で見ることができました。

視察の参加者たちに話を聞くと、印象に残ったこととして全員が一様にあげたのが、「誇りを持って活き活きと働くスタッフの姿」でした。はじめに断っておくと、スタッフは医師や看護師などの有償の有資格の職員だけでなく、ボランティアスタッフも含みます。取材した当時、M.D.アンダーソンで働く医師や研究者の数は1000人、その他の従業員は1万2000人、さらに1400人のボランティアが一緒に活動を行っているとのことでした。

これらのスタッフが口をそろえて強調していた言葉が、「私たちのミッションは、優れた治療、研究、教育、予防の統合的なプログラムによって世界中からがんをなくすこと」ということでした。その実現のために、チーム医療を行い、ボランティアを活用し、手厚い患者サポートが行なわれています。明快なミッションを掲げ、スタッフが一丸となってその実現のために邁進する姿をアピールしています。患者にとって、それらのサービスがどう受け止められているか、直接取材するチャンスはありませんでしたが、その姿は、日本から視察に訪れたがん治療経験者の心を非常に前向きにし、プラスの印象をあたえるものでした。M.D.アンダーソンに集まる莫大な寄付金や、増加している新患の数から、アメリカの患者にも評価されていることが十分に推測されます。

M.D.アンダーソンで提供される質の高い医療やチーム医療のシステムについては、このサイトの他のページで、より詳しい情報を知ることができるでしょう。ここでは、ボランティアスタッフの活躍について触れたいと思います。M.D.アンダーソンには、ボランティアが行っている、患者をサポートするためのプログラムが80以上もあります。アンダーソンネットといって、センター内に公式に設立されている患者会もあります。また、1000人を超えるボランティアの多くが、サバイバーと呼ばれる元患者たちです。アンダーソンネットを支えているのもまた、サバイバーたちでした。

アンダーソンネットでは、院内に患者が立ち寄れるサロンを平日毎日開いているほか、電話相談、Eメールによる相談を世界中から受け付けています。また、年に一度開かれる「カンファレンス」といわれる最大のイベントには、60ドル払えば誰でも参加でき、そこでは、最新の治療法をはじめ、患者のケアに役立つ太極拳やマッサージの講習なども行われます。

アンダーソンネットの行うサービスは、M.D.アンダーソンの患者に限らず、がん患者と患者のサポートをする人ならば、誰でも無料で受けられます。がんの部位別メーリングリストを運営したり、期間を決めて臓器別に医師が質問に答えるプログラムなども行っているとのことでした。常に明快なミッションを持って、前向きに病気に立ち向かうスタッフの存在もありがたいですが、患者はいつでも明るい気持ちでいられるわけではありません。そんなとき、サバイバーになら、沈んだ気持ちを打ちあけることもできるかもしれません。なにより、同じ病気の先輩が、後輩のために活動する姿は、患者にとって励みになるでしょう。サバイバーたちが、公式患者会の運営を支援し、患者が最も必要とするコミュニケーションの場を設けていることは、私にとって最も印象に残ったことでした。

M.D.アンダーソンで取材中、自分たちの取り組みを誇らしげに説明するボランティアや医療スタッフに、「すごいですね。うらやましいです」と声をあげると、「患者がもっと要求していかなくてはいけません」と言われました。全ての取り組みは、患者のニーズがあって始まったことなのです。日本の患者も、もっともっと要望を伝えていく必要がありますし、病院もそれを生かすシステムを整備する必要があるでしょう。権利を擁護したり代弁したりすることをアドボカシーといいますが、アンダーソンネットのようなセルフヘルプ、そしてセルフアドボカシーのための組織が、日本のがん治療の拠点病院にも必要であると強く思いました。

コミュニケーションには、場作りが非常に大切です。「なぜ自分だけが病気に」と思ってしまう患者さんたちをエンパワーメントする場を提供することも、病院の役割だとは考えられないでしょうか。

*難波先生の2003年の取材記事『日本の乳がん患者が見たM.D.アンダーソンがんセンター』は、「新聞・雑誌から」ページ(現・プレスリリース)に掲載されています。

(2007年2月執筆)

難波 美帆
難波 美帆
1971年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科 准教授。 サイエンスライター。患者向けがん雑誌の編集に携わるなかで、チーム医療の理念に共感する。アドボカシーを担うNPOや出版活動に関心がある。