コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.11

がんの痛みは、多くの患者さんで和らげることができます

1.がんによる痛みとは

がんが進行すると、多くの方々が痛みを訴えると言われています。患者さんが経験する痛みは、必ずしも、がん病変によって起きるとは限りません。多く(約70%)は、がんが増殖して、軟部組織、内臓、骨への浸潤・転移、神経の圧迫や損傷、頭蓋内圧亢進によって引き起こされると考えられています。

しかし、残りの30%は、抗がん剤投与による末梢神経障害や手術の傷口の痛みなど、がん治療に関連する痛みであったり、寝たきりになったための全身衰弱による筋肉痛や関節痛などに関連する痛みだったり、片頭痛、関節リウマチ、単純疱疹(ヘルペス)など、がんやがん治療以外の痛みなどによって起きる痛みであると知られています。

また、がんの患者さんが経験する痛みが持続すると、患者さんは身体的苦痛のみならず、不安や恐怖、抑うつ、絶望感などの精神的苦痛に悩まされたり、社会的役割が果たせなくなることなどから社会的苦痛に苦しんだり、また、生きる意味や価値を見出せない心理的苦痛に悩まされたりすることがあると報告されています。

このようなことから、世界保健機関(WHO)や日本緩和医療学会などから、患者さんが経験する痛みを軽減するために、痛みの評価(アセスメント)や痛みに合わせた治療を行うための診療ガイドラインが作成され、それらのガイドラインに従えば、80~90%の患者さんの痛みが軽減されることが知られています。

2.がんの痛み治療が普及しない理由(1) -- 医療専門職の無理解

しかし、がんの痛みで未だに苦悩される方々が多いことが問題になっています。その理由にはいくつかあると思います。大きい問題の1つは、がんの痛みやその治療法について理解せず、適切な痛みの治療を行えない医療専門職が未だに多いことかもしれません。すなわち、がんの痛みの治療に興味のない医師などの医療専門職が多いのが現状かもしれません。

目の前の患者さんが痛みで苦しんでいるのに、痛みをとるための適切な治療を行わないというのは、医師としての倫理観に問題があります。そして、がんの痛みの治療法を知らずに、がんの医療を行うことは倫理的に好ましくないとWHOからも声明が出されています。

日本ホスピス・緩和ケア協会の山崎章郎先生は、「痛みを取る手段が確立されているにもかかわらず、放置されているということは、結局、医療の現場で行われている暴力行為と同じことですよ」と言っておられます。激しい言葉のようにも感じられると思いますが、痛み治療を適切に行わない医師は「犯罪行為に匹敵する」という山崎先生の主張は正しいと思います。

がんの痛み治療を向上させるために、診療ガイドラインが作成されたり、厚生労働省の外郭団体である「財団法人麻薬・覚醒剤乱用防止センター」主催のセミナーをはじめとして、多くのセミナーや講演会が行われてきたのですが、残念ながら、除痛率は改善しているとは言えません。がんの痛み治療に興味がなければ、ガイドラインを読まないし、セミナーにも参加しませんので、このような活動だけでは限界があるのかもしれません。

そのような状況を変えるためには、医療の消費者と言われる患者さんやご家族が、がんの痛み治療に関して知識をつけ、患者さんやご家族から、医師などに質問を繰り返すことにより、医師などの医療専門職が「がんの痛み治療を理解しなければならない」という必要性を感じるようにさせることが必要ではないかと思っています。

もちろん、患者さんだけにそのことを強いることを考えていません。がん対策基本法の施行以来、がんの痛みなどの症状を和らげる緩和ケアの必要性が強調されていますので、緩和ケアの知識と技術を身につけた多くの医療専門職が増えてきています。医療専門職に対する、がんの痛み治療に関する啓発活動を続けながら、医療専門職と患者さん達が協力していけば、痛みで苦しむ患者さんは少なくなるのではないかと思います。

3.がんの痛み治療が普及しない理由(2) -- モルヒネなどへの誤解

もう1つの大きな問題は、がんの痛み治療に使われるモルヒネなどのオピオイドと言われる薬剤に対する誤解です。これらのオピオイドは、麻薬性鎮痛剤とか医療用麻薬と呼ばれています。そのために、ヘロインや大麻などの麻薬中毒を連想される方もおられ、「麻薬」は使いたくないと思われる方もおられるかもしれません。痛みがないのにモルヒネを服用することにより、錯乱やおかしな言動をする精神症状や依存・耽溺といった中毒症状がみられるために、「麻薬」と分類されて、他の薬剤とは異なる管理が行われています。

しかし、痛みがある状況で使用すると、麻薬中毒にはなりません。また、痛みが強いために、いきなり大量のモルヒネを服用すると、呼吸機能が抑制され死亡することが過去にありました。しかし、痛みがある状態で、痛みをとるのに必要な投与量を決めるために少量から服用しはじめ、必要量を規則正しく投与すれば、精神異常や呼吸機能の抑制の副作用はほとんど起きず、安全であることがわかってきました。たとえば、俳人の正岡子規は脊椎カリエスによる疼痛を1年半あまり、モルヒネで鎮痛していたと知られていますが、正岡子規が麻薬中毒になったということもなく、創作活動にも影響は与えなかったと知られています。

モルヒネなどのオピオイドの鎮痛効果が発現する前に、便秘や吐き気(1~2週間で治まります)が出現しますので、緩下剤や吐き気止めが必要になります。しかし、この対策を十分に行えば、他の薬と比較しても安全な薬剤と言えます。

4.よりよい痛み治療のための「痛みのアセスメント」

痛みは、現在の科学レベルでは、検査などで正確に把握することができません。したがって、がんの痛み治療を適切に行うためには、(1)いつから痛みが出現したか、(2)どのような痛みか(たとえば、鈍い痛み、鋭い痛みなど)、(3)どの程度強い痛みか、(4)どのような時に痛みが強くなるか、(5)どのような時に痛みが和らぐかなどを、看護師などが中心になって患者さんに質問すると思います。

このことを「痛みのアセスメント(評価)」と言いますが、これらを正しく患者さんからお聞きできなければ、よりよい痛みの治療はむずかしくなります。言い換えますと、患者さんも、適切な治療法を決めるための情報提供者となりますし、このアセスメントをしないで鎮痛薬の投与などの痛みの治療をすることは適切ではないと思います。痛みのアセスメントもしないで、痛み止めを簡単に出すようでは、適切ながんの痛み治療とは言えません。

よりよい痛み治療をするためには、患者さんがご自身の痛みに関して、(1)いつから痛みが出現したか、(2)どのような痛みか(たとえば、鈍い痛み、鋭い痛みなど)、(3)どの程度強い痛みか、(4)どのような時に痛みが強くなるか、(5)どのような時に痛みが和らぐかなどを医療専門職に説明できるようにし、モルヒネなどの薬物投与の計画について質問するという姿勢が必要になるでしょう。医師が「それならば痛み止めを出しておきます」と言うだけで、細かい説明がない場合には、決して満足して欲しくないのです。

5.適切ながん疼痛治療 -- WHO方式三段階がん疼痛治療法

また、WHOでは、痛みの強さ、痛みの性質に合わせて薬剤を選択する「WHO方式三段階がん疼痛治療法」を定め、がんの痛みの治療の原則を、(1)患者さんが投与しやすい投与経路で、(2)痛みの強さに応じた鎮痛効果のある薬剤を、(3)患者さんごとに痛みをとる必要投与量を決め、(4)時刻を決め規則正しく投与する、そしてさらに(5)その上で副作用防止などの細かい配慮を行うことと定めています。

痛みがある状態で、患者さんの痛みを正確に把握して、WHO方式三段階がん疼痛治療法に従って、痛みを和らげるのに必要な投与量を決めるために少量から服用しはじめ、必要量を規則正しく投与すれば、安全に痛みが和らぐ患者さんが多くなると思います。

しかし、時に痛みが強くなったり、動いたときに突然痛みが出る場合があります。その場合には、オピオイドなどの鎮痛薬の必要量を臨時追加投与(レスキュー)することで、軽減することがあります。また、鎮痛薬ではどうしても痛みがとれないという場合には、神経ブロックという方法もあります。

緩和ケアの世界的に有名な医師であるトワイクロス氏は、「不快感」、「睡眠不足」、「疲労」、「不安」、「恐怖」、「怒り」、「悲しみ」、「うつ状態」、「倦怠感」があれば、がんの痛みを強く感じ、反対に「快適」、「十分な睡眠」、「休息」、「共感」、「理解」、「人とのふれあい」、「気晴らしとなる行為」、「不安の減少」、「気分の高揚」があれば、痛みは軽減すると強調されています。すなわち、適切ながん疼痛治療を行いながら、ご家族や友人などとのふれあいを楽しまれるなどの精神的に落ち着いた状態であれば、がんの痛みという症状の悪化は予防できるとも考えられます。

6.「患者の、患者による、患者のための緩和ケア」

がん疼痛治療の先駆者とも言える、尊敬する麻酔科の医師から、「患者の、患者による、患者のための緩和ケア」が必要と教えていただきました。「患者の、患者による、患者のための緩和ケア」といっても、むずかしいと思われるかもしれません。しかし、自分またはご家族の痛みをとることに向けて、自らが知識をつけて、医療専門職と協力し合いながら、適切と思われる緩和ケアを選択することが、その言葉の意味であると思います。

がんの痛み治療を受ける際に、医療専門職に「がん疼痛治療ガイドラインはおもちですか?」、「ちょっと知りたいところがあるので、あれば見せていただけますか?」と聞いてみていただくのも、1つの方法かもしれません。なぜなら、日本緩和医療学会やWHOのガイドラインは、がんの痛みの治療の基本ですので、これらを知らないと言う医療専門職は、適切ながん疼痛治療を知らないと考えて良いでしょう。

痛み治療に関しては、医師、看護師、薬剤師からの患者さんへの説明が必要であることは間違いありません。しかし、説明がなくても、「いつから、どこが、どうしたら、どんなふうに、どのくらい」痛いのかをご自身から伝えていただくことは必須です。医師や看護師の前で、痛みについてうまく話ができない場合もありますので、医師や看護師と話す時には、ご自身の痛みについて書いたメモを見ながら、お話しすることをお勧めします。

患者さんから、痛みの状況やその後の副作用などの状況をお伝えいただかなければ、がんの痛みの治療は、成り立ちません。痛くて苦しむのは患者さん自身です。多くの場合、がんの痛みはとることができます。痛みを我慢せずに、痛みの状況をすべて医師や看護師に伝えましょう。

より詳しく、がんの痛み治療を知りたい方は、拙書『患者中心のがん医療ガイド~抗がん剤の効果と副作用を知ることからはじめよう』(日本評論社発行)を参考にしていただければ幸いです。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年12月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。