コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.10

患者さんが参加することで、がん医療の質は高まります

1.EBMとは何か

EBM(Evidence-Based Medicine:科学的根拠に基づく医療)は、がんだけでなく、多くの医療で必要と考えられています。医療を行うときには、医師の思いつきや好みで行うのではなく、質の高い臨床試験で証明された科学的な根拠(エビデンス)に基づく(標準的)治療を行うことで、患者さんに提供する医療の質を高める方策をEBMと言います。

EBMを実践するには、エビデンスを確認し、患者さんの病状、高血圧や糖尿病などの病気を併発しているか(合併症)、併用する治療は何か、副作用が出やすいかなどの患者さんの体質などを考慮して、そのエビデンスを応用することは可能かを考えてから、患者さんの意向を確かめた後に、患者さんが納得した上で行うことが必要になります。

すなわち、がんの治療を行う時には、標準的治療(エビデンス)があるのかを確かめた上で、可能性のある色々な治療法に関して、患者さんにどの程度効果が期待できるか、どの程度副作用があるのか、また、どの程度コストがかかるのかを、正確に情報提供し、患者さんとともに治療を選択することがEBMとなります。また、患者さんにその治療を提供した後でも、副作用の出方や患者さんの状況を考え合わせながら、抗がん剤投与量の調整をすることが必要になります。 

言い換えますと、エビデンスがある薬剤や投与量をかたくなに守るのがEBMではなく、患者さんが納得した治療を、患者さんの状況に合わせて投与量を調節していくということがEBMの実践と言っても過言ではないと思います。

2.治療の選択に参加することで、患者満足度などが上がります

現在報告されているエビデンスは、他の治療より効果がある可能性があることを示しており、100%の患者さんに効果を示すことが証明されているものではありません。100%の患者さんに効果があるものでしたら、医師だけで治療を決めても良いのかもしれません。しかし、必ずしも効果があるとは言えないという現在のエビデンスでは、そのエビデンスを利用する患者さんの意向が絶対に必要になると言えます。

Journal of Clinical Oncology誌という世界有数のがん医療専門誌の2006年の号に、67歳以上の高齢の乳がん患者さんに医療を提供する際に、医師と患者さんがよく相談して、治療法を決めることが患者満足度にどのような影響があるかを調べた研究が掲載されています。その結果は、治療法を医師と一緒に決めた患者さんの満足度が高く、自分の意見を言えた患者さんは以下のような人達だったことを示しています。(1)75歳未満の患者さん、(2)治療の説明の際に、どなたかを伴われて来た患者さん、(3)情報は医師だけでなく、他からも得ている患者さん、(4)治療に関してご自分の意見を言える患者さん、というものでした。(Mandelblatt J. et al. Journal of Clinical Oncology, 2006: 24, 4908-4913より)

このように患者さんが治療の選択に参加することにより、患者さんの満足度を上げることが認められています。この研究では、患者さんの満足度と再発までの期間、生存期間や症状、そしてQOL(生活の質)の関係は明らかにされていません。しかし、標準的治療と評価されている治療法の中から選択して、可能性のある副作用をよく知り、医師、看護師、薬剤師と相談しながら副作用対策を行うことにより、患者さんが納得する治療が可能になり、良い効果が得られる可能性もあります。

この連載コラム「vol.04:叔母が行った副作用対策」で、悪性リンパ腫の治療を受けた叔母が、口内炎、倦怠感が出現した際に、担当の看護師の方から勧められた、1日数回の歯磨きと足踏みの運動を実践した話を紹介しました。看護師の方を信頼して、勧められる副作用対策をすることで、計画治療が行え、良好な治療効果を得た典型例と思います。

また、前回の連載コラム「vol.09:患者さんに教わった“支えあうことの大切さ”」で紹介した患者さんも、担当医を信頼し、よく相談した上で納得した治療法を選択し、看護師や薬剤師の方々から副作用対策を教えていただき、実践されていました。余命2か月と宣告された方が、5年あまり元気に生活できたのは、医療専門職の方とお互いに信頼しあい、患者さんが納得される治療を受けられたことが大きいのではと推定しています。

3.がんの痛みの治療は、患者さんの協力が不可欠

がんの痛みの治療の詳細は、後日、連載コラムに書く予定ですが、がんの痛みに関しても、患者さんの協力が必要になります。

患者さんが痛いといっているのに、「痛いはずがない」という医師もおられるようですが、痛みの強さや性質は、現在の科学レベルでは、血液検査やレントゲン、MRIなどの検査で診断できません。言い換えますと、患者さんの痛みはご自身にしかわからないため、患者さんの訴える痛みの性質をお聞きして、治療法を選択することになります。

治療の前に、患者さんから、(1)いつから痛みが出現したか、(2)どのような痛みか(例えば、鈍い痛み、鋭い痛みなど)、(3)どの程度強い痛みか、(4)どのようなときに痛みが強くなるか、(5)どのようなときに痛みが和らぐか、を正しくお聞きすることから始めることになります。そして、患者さんの訴えとこれまでの治療経過を考え合わせながら、がんの痛みの治療を始めることになります。そして、モルヒネなどの鎮痛剤を小量から投与しはじめ、痛みの状況や便秘、眠気などの症状をお聞きし、副作用対策を行いながら、痛みを緩和し、副作用が問題とならないモルヒネの適切な投与量を決めて、投与を継続することになります。

痛みの状況や他の症状を適切に医師や看護師にお伝えいただかなければ、適切ながん疼痛治療はむずかしくなります。言い換えますと、患者さんの協力がなければ、質のよいがん疼痛治療は不可能なのです。

4.質の高いがん医療を受けるために、信頼する医師などとよく相談しましょう

先日ある医師と話す機会がありました。マスコミががん難民というような、がん医療に関するネガティブキャンペーンのせいか、一生懸命説明して治療しても、はじめから疑ってかかってくる患者さんが多くなってきて、従来にも増してコミュニケーションがむずかしくなってきたと話されていました。

確かに一部の医師は問題あるのかもしれませんが、すべての医師が問題あるわけではありません。きちんと診療をして、きちんと説明する医師をもっと信頼すべきではないでしょうか。このような医師は患者中心の医療を実践していると思いますので、そういう医師を信頼していくことが、納得できるがん医療を受けられる基盤をつくるものと思います。

信頼する医師、看護師、薬剤師とよく相談して、納得した治療を受け、ご自身の症状を適切に伝え、副作用対策を実践し、健全な療養生活を送ることで、質の高いがん医療を受けることができると思います。

がん医療は、患者さんが主役です。主役が適切に行動しなければ、がん医療の質は改善しない可能性があることを知っていただきたいと思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年11月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。