コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.09

患者さんに教わった“支えあうことの大切さ”

鎌田實先生の著書『病院なんか嫌いだ―「良医」にめぐりあうための10箇条』(集英社新書、2003年刊)には、「支える医療」の大切さが述べられています。この「支える医療」は、辛いがん医療を受けておられる患者さんを医療専門職が支えることの重要性を示し、医療専門職が患者さんをケアする際のあり方を示しているように思います。

1.ある患者さんが行った「患者さん同士の支えあう活動」

患者さんは、多くの場合、支えられる立場にあると思いますが、進行がんと診断された患者さん同士が、お互いに支えあうために患者会を設立して活動されている方もおられます。進行がんと診断されると精神的な苦悩は大きいと思いますが、そのような状況でも、患者さんが他の患者さんを励ますための活動をするということは大変なことと思います。そのような活動をされている方々の中で、筆者が交流を続けてきた患者さんのことを以下に紹介したいと思います。

その方は、歩行困難になり受診したところ、専門施設で骨転移がある非小細胞肺がんと診断され、余命2か月と宣告されました。骨転移は放射線療法で改善し、歩行可能となった時点で、抗がん剤治療を行いました。一時、がんは縮小したのですが、再び大きくなりはじめたために、抗がん剤治療を中止し、ゲフィチニブ(商品名イレッサ)を服用しはじめたところ、著明にがんが縮小し、状態も改善しました。状態が改善した頃から、同じ病院に入院する患者さんを励ますための活動を始めたと言います。その後、院外で患者会(すべてのがん患者を対象)を立ち上げ、種々の精神的なサポート、相談を行い、定期的に看護師や薬剤師を招いて講演会を行っていました。

さらに、「第1回がん患者大集会」(2005年大阪で開催)のパネリストとして、また、NHKなどにもたびたび出演され、種々の講演会でも患者としての経験を話されていました。驚くことには、医学生の教育にも関与し、患者としての立場から意見を述べていたようです。このような活動をしていましたので、ご自身が治療を受けていた病院の担当医を含めた医師、看護師、薬剤師の方々との信頼関係のみならず、他の病院の医師とも信頼関係ができあがっていたと思われます。いわば、その方を中心とする院内および院外のチームができあがっていたと言えるでしょう。

その方の腫瘍が増悪しはじめるような徴候が認められた時には、院内はもちろんのこと、担当医の了解のもとで、その病院以外の診断も受け、担当医と相談して、その方が納得する適切な治療を受けていました。担当医との信頼関係がなければ、そのようなことはできなかったと思います。もちろん、ご自身が使用する薬剤はメモしていましたし、症状と検査した結果は、パソコンに入力して、受診されるときにはその記録を持参して、担当医と相談されていました。

ご自身が進行がんでありながら、他の患者さんを支える活動を始め、多くの医師、看護師などから信頼され、結果として、支えられることになったと思います。この方を知る方は、「あの人は特別」と言われますが、それは違っているのかもしれません。ご自身の状態を冷静に把握しながら、院内外の方々と相談しながら納得した治療を選択して、そして、他の患者さん達を支え、困っている薬剤師にも手をさしのべるということで、その方を中心とした「互いに支えあう」という無形のチームができあがったのだろうと思います。決して、特別なことをしていると思いませんし、当たり前のことを一つ一つ行動された結果であると思います。

2.ある患者さんが未承認薬を使用しようとしなかった理由

その方は、患者会などの活動で有名になったのですが、決して未承認薬を使用しようとしませんでした。ゲフィチニブで効果がありましたので、最後にエルロチニブ(商品名タルセバ)を使いたいと希望されていましたが、承認されるまでは使わないと言っておられました。その理由は、情報の少ない未承認薬ではなく、日本で標準的治療と考えられる治療の中から、担当医の方々とよく相談しながら納得した治療を受けたいと考えていたからです。どんな患者さんでも、より有効な薬を使いたいというのは当然のことと思いますが、薬学専門の立場としては、薬の効果や副作用には、人種差があり、海外で有効であると評価されても、日本人には有効とは言えないし、安全性も保証できない未承認薬を使用することは危険があると考えていました。その方は、専門的な知識が必ずしも多くない患者さんであるはずなのですが、未承認薬の危険性を理解していたことは驚きでした。

多くの方々と同様に、その方も、海外で有効性が認められた薬剤の早期承認を願っていましたが、患者会として、早期承認のための署名活動は一切行っていませんでした。その理由は良くわかりませんが、患者会としては、多くの患者さん達とともに、お互いに支えあう活動を中心にしたいと考えていたような印象があります。

非常に残念ながら、その方は、エルロチニブの発売3か月前の昨年2007年9月に旅立たれました。人間としても、薬学専門としても、その方から大きな影響を受け、多くのことを学ばせていただきました。

3.支えあう「患者中心の医療」を目指して

他にも、進行がんでありながら、患者さん同士が支えあうような患者会を運営されている方は多いです。また、患者さん同士の絆を強め、地域社会全体でがんと闘うための連帯感を育む場として、「リレー・フォー・ライフ」(Relay For Life:命のリレー)を各地で促進・運営されている方もおられます。さらに、ご自身の乳がんが見落とされた経験から、マンモグラフィーの検診の必要性を訴えた方もおられます。

薬学専門として、いろいろな経験をしてきましたが、進行がんで、必ずしも体調が優れない状態でも、他の患者さんのことを思いやるような活動をしている患者さんの姿に接し、大きな衝撃を覚えました。そして同時に、人間として、このような方々のように成長しなければならないことを学びました。「患者中心の医療」と表面的に言いながら、自分の立場をよくするような活動を行うのではなく、本当に患者さんに役立ち、患者さんを支えることができる薬学の専門性を磨くことが重要であることを再認識しました。

患者中心のがん医療の実現には多くの課題があると思いますが、「困っている人を支えたい」、「患者さんを支えたい」というのは、多くの方々が持っていますので、そういう方々と力を合わせれば、実現可能なことと思っています。行き過ぎた市場原理主義のような「勝ち組」「負け組」というような考え方ではなく、困っている人たちを支える、また、お互いに支えあう「患者中心の医療」を実現できれば本望です。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年10月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。