コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.08

適切な栄養と運動が、がん医療の効果を高める可能性が高い!

米国がん協会(ACS)では、栄養や身体活動、がんに関する専門家を招集し、がん診断後の栄養と身体活動に関連する科学的な研究成果を評価しました。そしてその上で、2003年に作成した「がん患者の栄養と身体活動についての指針」を改訂し、適切な栄養と適切な運動ががん医療に重要であることを強調しています。

1.がん医療に欠かせない健全な日常生活

がん患者さんにとって、正しい情報に基づいて日常の生活様式を考え直すことは、計画的な治療を完遂することや、治療による体力の消耗からの回復、長期間にわたって治療効果を向上させるうえで大変重要となります。また、がんの療養生活では、再発、二次発がんや他の慢性疾患を予防することも重要ですので、それらの目的のために、健康的な食事や運動を行うことが重要であると考えています。

紙面の都合で、詳細にはお伝えできませんが、がん医療に不可欠な健全な日常生活については、拙書『患者中心のがん医療ガイド~抗がん剤の効果と副作用を知ることからはじめよう』(日本評論社発行)に詳細に記載いたしましたので、そちらを参考にしていただければ幸いです。

2.適切な栄養や運動は、抗がん剤に匹敵する効果があります

薬学の専門として、これまで薬物療法を中心にがん医療を考えてきましたが、適切な栄養と運動が、がんの再発リスクを抑える効果があるとは正直考えていませんでした。

乳がん治療経験者を対象に、毎日5種類以上の野菜と果物を摂取して、1日30分のウォーキングに相当する運動を週6回行った方々と行わなかった方々との生存期間を比較した成績があります。それによると、適切な栄養を摂取し運動を行った方々は、生存期間が有意に延長することがわかっています。この効果は、ハザード比が0.56とされています。この値は、大雑把に言いますと、適切な栄養を摂取し運動を行わなかった方1000人のうち100人死亡したものが、運動することにより1000人中56人しか死亡しなくなったことを意味していて、死亡リスクを44%軽減すると表現されます。別な言い方をしますと、死亡率が10%であったものが5.6%に改善し、約23名に1名がこの恩恵を受けられることを意味します。23名に1名の効果は少ないとお考えになる方もおられると思いますが、専門的にみますとかなりの効果と考えられますし、抗がん剤に匹敵する効果と考えることができます。

また、結腸がんでも、術後補助化学療法を受けた方で、治療前にウォーキングやジョギング、サイクリングなどの運動を多く行う方は、運動を行わない身体活動が低い方に比較して、再発が少ないという研究結果もあります。このように、運動によって身体活動性を改善する、または維持することによって、再発や死亡を予防できる可能性が示されています。

言い換えますと、適切な栄養や運動など、健全な生活を送ることにより、がん医療の効果をさらに高める可能性があるのではないかと考えられます。

3.患者さんの生活を支える、がん医療を目指して

読売新聞2007年3月23日付の連載コラム『明るいがん講座』において、UASオンコロジーセンターの植松稔医師が「医療任せより生活改善」という記事を書かれています。植松医師は、日本の乳がんが増加しているのは、食事の欧米化であると推定した上で、「医療の普及だけが賢者の道のはずがありません。40年前の生活に明日戻ることはできませんが、自分の暮らしを見つめ直すことで、きっと、あなたが乳がんで命を落とす可能性は減るはずです。そして、多分それは、医療による貢献をしのぐと思います。」と結んでいます。

まったく同感です。がん医療を考えるときに、治療を優先して考えがちですが、患者さんの生活を中心に、適切な栄養、適切な運動、そして精神的で快適な生活を優先して考え、その上で治療を考える。すなわち、患者さんの生活を支えるがん医療や治療を考えることが重要となっているように思います。

そのようながん医療体制を作るためには、患者さんも治療に過剰に期待するのではなく、まず、適切な栄養と運動、そして精神的で快適な生活という生活改善を考えていただきたいと思っています。がん医療の限界を突き破るのは、患者さんの日常生活の改善であるかもしれません。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年9月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。