コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.07

薬はたくさん使っても、それだけ効果が増加するわけではありません

「過ぎたるは及ばざるがごとし」という諺(ことわざ)は、薬にも当てはまります。

「たくさん使えばそれだけ効果が上がる」と考えられる方が多いと思いますが、「百薬の長」といわれるお酒も、飲み過ぎると脱水になり、時に命が危うくなりますし、身体に重要な役割をしているビタミンやミネラルも、サプリメントで摂りすぎれば、害になることが証明されています。ましてや、有害な副作用が問題になることのある薬では、副作用がより強くなることが容易に考えられます。

薬は、第Ⅰ相試験、第Ⅱ相試験という臨床試験で、薬の有効性と有害な副作用とのかねあいで、推奨される投与量が決められます。多くの場合、薬をたくさん使っても効果は増加しないだけでなく、有害な副作用が増加するだけであると思います。

1.大量化学療法の問題点

試験管の中では、大量の抗がん剤(化学療法)で処理するほど、がん細胞に効果を示しますので、抗がん剤を大量に投与すれば、それだけがん細胞に対して効果的に働くと考えて、「大量化学療法」の試験が行われました。その結果、白血病や悪性リンパ腫など、抗がん剤が効果を発揮しやすい腫瘍では、大量化学療法はそれなりの効果を示しています。しかし、それら以外の多くのがんでは、がんを縮小させるものの、生存期間は延長していないことがわかってきました。

また、大量化学療法では、白血球減少などの有害な副作用が強く認められるため、骨髄移植やG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子:granulocyte-colony stimulating factor)製剤などの白血球増加薬を投与しなければなりません。

「助かる可能性があれば副作用には耐える」という患者さんもおります。そのお気持ちは良く理解できます。しかし、生存期間が延長するという効果があるのなら良いのですが、ただ一時的にがんを縮小させるだけで生存期間が延長しないというのであれば、大量化学療法による重症で辛い副作用を強いるだけになりかねません。そしてさらに、骨髄移植やG-CSF製剤などの白血球増加薬など、余計なコストをかけることにもなります。このようなことから、白血病や悪性リンパ腫以外の多くのがんに対しては、臨床試験以外お勧めできないと考えています。

2.一度にたくさん投与するよりも、効果的な投与方法もあります

まだ研究中の段階ですので、確定的なことは言えませんが、ある種の抗がん剤では、小量を持続投与した場合、通常の推奨投与量や大量投与した場合と比べて、効果の発現の仕方(作用機序)が異なることも認められています。

必ずしも小量持続投与とはいえませんが、同じ抗がん剤でも投与方法を変更すると、効果や副作用の出現パターンが変わることが知られてきました。たとえばパクリタキセル(商品名タキソール)は、白血球減少の副作用などのために、175mg/m2を3週毎に投与することが一般的でした。その後、その1/3程度の70~90mg/m2を週1回投与する方法は、3週毎に投与する方法よりも効果的である可能性が、乳がん、肺がん、卵巣がんなどで認められ、週1回投与の方法が日本でも承認されています。このように、抗がん剤は1回にたくさん投与することは、必ずしも効果的ではないことがわかってきています。

3.抗がん剤(化学療法)投与は適切に

また、日中の50%以上寝て過ごすような全身状態が良くない患者さんや栄養状態が良くない患者さんには、化学療法の効果が期待できず、副作用だけが多くなることもわかってきています。分子標的治療薬の中には、効果の期待できる要因があれば、全身状態が良くなくても効果を示す可能性が示されていますが、化学療法にはそのような効果はほとんど期待できず、患者さんを副作用で苦しめるだけの可能性が高いと考えられています。

繰り返しますが、抗がん剤には、時に、命に関わるような副作用があります。がんの縮小、消失を期待して、必要以上の抗がん剤を投与することは、患者さんを副作用で苦しめ、生活の質(QOL)を大きく損ねることになる可能性が高いと考えられます。抗がん剤は、エビデンス(科学的根拠)に基づいて推奨される投与方法で、十分な有害反応対策を行いながら投与するのが基本であることをご理解していただくことが重要と思っています。

薬はたくさん使ってもそれだけ効果が増加するわけではなく、むしろ毒として働く可能性が高いと考えられます。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年8月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。