コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.15

がん医療のチームの一員としての製薬企業の役割:part 2

最近、分子標的治療薬や抗体医薬を含めた抗がん剤の効果に影響する因子(効果予測因子)の研究が盛んになっています。そのような研究の成果のいくつかを抗がん剤の種類ごとに以下に紹介します。そして効果予測因子の取り扱い方の注意点についても言及したいと思います。また、最後には、効果予測因子の今後の研究によって、よりよいがん医療が患者さんに提供できる可能性についても述べたいと思います。もしそうなれば、たとえ薬価の高い医薬品でも、効果が期待できる価値ある医薬品として評価され、製薬企業も、がん医療のチームの一員として評価されるのではないでしょうか。

1.プラチナ製剤の効果に影響する因子

シスプラチンなどのプラチナ製剤は、非小細胞肺がんや卵巣がんなどのがん種に効果がある抗がん剤として知られていますが、DNA除去修復酵素であるERCC1発現例には、効果を発揮する可能性が少ないことが報告されています。ERCC1などのDNA除去修復酵素は、異常が生じたDNAの部分を除去して、DNAを正常に修復させる働きがあると知られています。

すなわち、DNAを正常に修復するという、本来の自己防衛機能を果たすERCC1が発現している例では、シスプラチンなどのプラチナ製剤の効果が得られにくく、また生存期間などの効果では、プラチナ製剤を投与しない例よりも、むしろ不良であることが認められています。強い副作用があるプラチナ製剤は、上のような効果が期待できない例には、投与する価値はないと言えるかもしれません。

2.フッ化ピリミジン製剤の効果に影響する因子

大腸がんなどの多くのがん種において、重要な抗がん剤と考えられている5-FU、S-1(商品名ティーエスワン)、カペシタビン(商品名ゼローダ)などのフッ化ピリミジン製剤も、上と同様な研究が行われています。これらは、生体内で最終的に5-FUに変換されて効果を発揮します。

投与された5-FUは、80%以上がジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)という酵素で異化分解されますので、DPDの発現が低く、その活性が低い方は、5-FUの有効代謝物の血中濃度が高くなるため、効果が期待できると考えられています。S-1のように、DPDを可逆的に阻害する薬物を配合しているものもあります。また、5-FU の効果は、その有効代謝物がチミジル酸合成酵素(TS)を阻害することで効果を示すと考えられていますが、TSが著しく高く発現している例には効果が発揮しにくく、TSが低発現の例に効果が得られやすいと考えられています。さらに、DNAのミスマッチを修復する酵素(MMR)が発現していない例では、5-FUの効果が得られにくいこともわかってきています。

一方、カペシタビンは、5-FUへの変換の最終段階で、腫瘍や正常組織内のチミジンホスフォリラーゼ(TP)が関与することが知られています。したがって、カペシタビンは、TPが発現している例やTPの発現が増強するドセタキセル(商品名タキソテール)との併用で、効果が発現しやすいことも知られています。さらに、TPは、増殖している細胞に発現する傾向があることから、より増殖能が高い腫瘍にも効果を示すのではないかと期待されています。このように、フッ化ピリミジン製剤でも効果が発現されやすい例と発現されにくい例があることがわかってきました。

3.EGFRチロシンキナーゼ阻害薬の効果に影響する因子

世界に先駆けて日本で承認された非小細胞肺がん治療薬である、上皮増殖因子受容体(EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬ゲフィチニブ(商品名イレッサ)は、日本人を含めたアジア人に効果を示しましたが、欧米人では効果が認められないと報告されていました。その後の研究で、日本人を含むアジア人、女性、組織型が腺がん、喫煙の経験がない患者さんに効果が得られやすいことがわかり、そのような患者さんには、EGFR遺伝子変異が多く認められることがわかってきました。

また、汎アジアで行われたゲフィチニブ単独療法と標準化学療法であるカルボプラチンとパクリタキセル(商品名タキソール)併用療法との比較試験で、EGFR遺伝子変異が認められる例では、ゲフィチニブ単独療法が標準化学療法群より優れた効果を示すことが示されました。しかし、EGFR遺伝子変異が認められない例では、標準化学療法群が優れていることが認められています。すなわち、ゲフィチニブはEGFR遺伝子変異が認められる例に優れた効果を発揮しますが、EGFR遺伝子変異がない例に対しては、効果を示す可能性が低く、ゲフィチニブはEGFR遺伝子変異が認められる例に投与すべきとも考えられます。

同じEGFRチロシンキナーゼ阻害薬であるエルロチニブ(商品名タルセバ)は、EGFRチロシンキナーゼのATP結合部位に対する親和性が高く、ゲフィチニブで効果が認められなかった欧米人でも効果を示すことが認められました。親和性が高いために、必ずしもEGFR遺伝子変異がなくても、EGFRが発現していれば効果を示す可能性もあります。しかし、やはり、アジア人、女性、腺がん、喫煙なしの例で効果がより高いことから、エルロチニブも、EGFR遺伝子変異がある例に効果が発現しやすいことが考えられます。

4.EGFR抗体の効果に影響する因子

EGFR抗体であるセツキシマブ(商品名アービタックス)は、進行大腸がん治療薬として販売されています。EGFR抗体は、EGFR発現が認められる例に効果があると考えられていましたが、KRAS遺伝子変異やBRAF遺伝子変異がある例には効果が弱いと報告されています。すなわち、EGFR活性を阻害しても、その下流に存在する分子であるRasやRafが、遺伝子変異のため活性が増強されている例では、効果が発現されないと考えられています。そのため、欧米では、セツキシマブ投与前に、KRAS遺伝子変異を測定し、遺伝子変異が認められる例には投与しないように勧められています。

また、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬もEGFR抗体も、ざ瘡様皮疹が出現した例の方が、出現しない例より効果的であることが示されています。しかし、ざ瘡様皮疹やかゆみは患者さんのQOLを損なう副作用と思われますので、それらの薬剤の効果が減少しないような副作用対策が必要になります。製薬企業のなかには、皮疹対策の小冊子を医療機関に配布しているところもあり、これらの対策の普及は進んでいると思いますが、患者さん用にも作成した方が良いかもしれません。

5.効果予測因子の取り扱いには注意が必要!

一方、抗がん剤の多くは、好中球減少などの骨髄抑制が認められます。この特性を利用して、好中球減少が認められた例に効果が高い、すなわち、好中球減少が効果予測因子であると報告している研究論文があります。血管新生阻害薬は特徴的な副作用として高血圧が認められ、高血圧が効果予測因子であると報告しているものもあります。作用機序を考えれば、抗がん剤投与で好中球減少が認められれば、腫瘍細胞にも作用している可能性があります。また、血管新生阻害薬では、血管新生を阻害するわけですので、高血圧は血管新生阻害の証拠とも考えられます。

しかし、これらの副作用は、致死的になる危険性もありますので、十分な副作用対策を行いながら、臨床試験で確認された用量を投与することが重要で、その中で、効果予測因子を考えるべきです。ですから、好中球減少が認められるまで、また高血圧が認められるまで投与量を増やすという考え方は、副作用対策の費用もかさみますし、患者さんに不利益をもたらす危険性もあると考えられますので、あまり好ましいとは思われません。効果予測因子によって、どの程度の効果増強が認められるかが確立するまでは、日常診療の場では、承認されている用法・用量にとどめることが必要と思います。

6.効果予測因子の研究により、患者さんに、よりよいがん医療を!

最近発売された抗がん剤は高薬価のものが多くなっています。薬価が高くても、それだけの価値があれば問題はないのですが、効果予測因子の検討で、効果が期待できないと判明した例にそれらの抗がん剤を投与しても、意義は少ないと言えます。さらに、効果が期待できないだけでなく、副作用も発現するのですから、その医療費は無駄になる可能性が高いと思います。医療費の高騰が問題になっている現在では、効果予測因子を明確にして、効果が期待できる例のみに投与することができれば、医療費を有効活用できる可能性が高くなるように思います。さらに、患者さんにとっても、無駄と思われる医療を回避し、より有効と思われる治療を選択できる可能性があります。

効果予測因子に関する遺伝子学的研究はまだ緒についたばかりですので、まだまだ明確なことを言える段階ではないかもしれません。しかし、臨床試験の対象となった患者さんのデータを解析することで、効果に関連する臨床的因子を明らかにすることと、遺伝子学的検討を加えていくことにより、効果が期待できる患者さんを特定化する努力を続ければ、効果が発現しやすい患者さんと効果が発現しにくい患者さんを効果予測因子で特定化することが可能になると思われます。

このような努力により、効果が期待できる治療を患者さんに提供することが可能になると思われます。そうなれば、たとえ薬価の高い医薬品でも、価値ある医薬品として評価され、医療費の効果的な運用を可能にすることができますし、製薬企業もがん医療のチームの一員として、さらに評価されるのではないでしょうか。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年4月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。