コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.14

がん医療のチームの一員としての製薬企業の役割:part 1

1.製薬企業も、がん医療のチームの一員です!

ジャパン チームオンコロジー プログラム(J-TOP)コミッティを主宰する上野直人先生は、患者さんを中心とするがん医療を実現させるために、医師のみならず、看護師、薬剤師、臨床心理士、ケアマネージャー、ソーシャルワーカーなどの専門職の方々がチームを組み、患者さんによりよいがん医療を提供する「がんチーム医療(チームオンコロジー)」の考え方を普及させるために活動されています。その中で、上野先生は、がん患者さんをとりまくすべての関係者を、それぞれの役割にもとづいてA、B、Cの3つのチームに分類し、「チームオンコロジーABC」と呼んでいます。 詳細は上野直人氏のコラム「チームオンコロジー:患者さんの満足度を高めるがん医療の新たなアプローチ」を参照ください。

その1つめのチームAは、患者さんと医療の面で直接かかわり、医療における問題を解決し、よりよい医療を患者さんに提供する職種で、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、栄養士などの方々が含まれます。

2つめのチームBは、患者さんの精神生活上のニーズを把握して、患者さんがよりよい療養生活が送られるよう、患者さんやご家族の精神的サポートや生活支援を行う臨床心理士、ソーシャルワーカー、宗教家、音楽・絵画療法士、アロマセラピーを専門とする方々です。

3つめのチームCは、直接患者さんの医療にかかわりませんが、上の2つのチームをいろいろな形でサポートする役目を持つ、ご家族、友人、基礎研究などの研究者、製薬企業、報道機関、そして行政がこのチームに加えられています。

数年前の日本癌治療学会のシンポジウムで、この考え方を初めてお聞きし、非常に感激しました。私は、長年、製薬企業に勤務し、抗がん剤などの研究、開発、マーケティングにかかわってきましたが、上野先生が製薬企業をチームの一員として位置づけられたことに、うれしく思うと同時に、心から感謝する気持ちになったことを今でも思い出します。

しかし、一方で、製薬企業には、副作用データの隠蔽や自社の製品に有利な情報だけを提供していると思われる報道も少なくはありません。そこで、製薬企業出身者の立場から、製薬企業が真にがん医療のチームの一員として評価される条件などについて、数回に分けて、個人的な意見を述べてみたいと思います。

2.世界の製薬企業の現状

ご存知のように、米国のサブプライムローンの問題に端を発して、世界的な経済危機にあると言われ、日本でも自動車産業などの輸出企業は、派遣社員の契約を解除していることが大きな社会問題になっています。世界の製薬企業は、自動車産業ほどではありませんが、開発候補品の不足やジェネリック(特許切れの医薬品の後発品)の浸透などで経営が厳しくなっているようで、有力な開発品を有する製薬企業の吸収合併を行うと同時に余剰と思われる社員の解雇が行われています。

一方、日本の製薬企業は、欧米で開発された医薬品を輸入し、日本で臨床開発するという輸入産業の傾向が強いので、円高の現在では、比較的有利になっているかもしれません。しかし、日本の製薬企業も生き残るための条件が厳しくなってきていることには変わりはないかもしれません。

3.製薬企業のがん分野への積極的進出

かつて、がんの分野に積極的に進出してこなかった世界の製薬企業が、現在では積極的に進出してきています。それらの企業は、バイオベンチャー企業との提携で、低分子分子標的治療薬や抗体医薬を開発し、がん治療の進歩に大きく貢献しています。

低分子分子標的治療薬には、慢性骨髄性白血病、消化管間質腫瘍に対する治療薬イマチニブ(商品名グリベック)、イマチニブ抵抗性の慢性骨髄性白血病治療薬ニロチニブ(商品名タシグナ)、ダサチニブ(商品名スプリセル)、非小細胞肺がん治療薬のゲフィチニブ(商品名イレッサ)、エルロチニブ(商品名タルセバ)、HER-2過剰発現乳がん治療薬ラパチニブ(商品名タイケルブ、承認間近)、腎細胞がん治療薬であるソラフェニブ(商品名ネクサバール)、スニチニブ(商品名スーテント)などがあります。

また、抗体医薬としては、HER-2過剰発現乳がん治療薬トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)、血管新生に関与する血管上皮増殖因子(VEGF)に対する抗体医薬で大腸がん治療薬として承認されているベバシズマブ(商品名アバスチン)、上皮増殖因子受容体(EGFR)に対する抗体医薬であるセツキシマブ(商品名アービタックス)などがあります。

4.新しい抗がん剤の副作用

しかし、上のような新しい抗がん剤は、これまでの抗がん剤とは異なる副作用が出現することがわかってきました。ゲフィチニブは、当初、従来の抗がん剤の副作用がない画期的な新薬と期待され、世界に先駆けて日本で承認されました。ゲフィチニブで劇的な効果を認めた患者さんもおられたのですが、間質性肺炎による死亡例が比較的多く認められ社会問題にもなりました。日本肺癌学会からゲフィチニブの適正使用に関するガイドラインが作成されていますので、間質性肺炎で死亡する方は少なくなっていると思いますが、その危険性を十分に理解した上で投与する必要があることは間違いありません。

ゲフィチニブ、エルロチニブ、セツキシマブなどの上皮増殖因子受容体に作用する薬剤は、ざ瘡様皮疹の副作用があり、HER-2機能を抑制するトラスツズマブやラパチニブによる副作用は心不全、ベバシズマブ、ソラフェニブ、スニチニブのような血管新生阻害作用による副作用は高血圧が知られています。また、ベバシズマブは、まれに、消化管穿孔や出血の致死的な副作用があることも報告されています。

がん治療を大きく前進させている低分子分子標的治療薬や抗体医薬を適切に使用するためには、それらの副作用を理解し、適切な対策を行うことが必要になると思います。しかし、これらの薬剤の多くは、海外で行われた臨床試験結果に基づいて承認されていますが、日本での検討が少ないために、全例調査が条件になって承認されています。最近、効果や副作用の発現には、人種差があることも指摘されていますので、日本人での安全性を評価する全例調査は避けることができないものと思います。

5.有害事象データを共有することの大切さ

医薬品の安全性は、長年の調査で明らかになることが多く、開発時期や発売当初は、その副作用と思われる症状が、その薬剤に関連するかどうかわからないことがあると思います。そのため、臨床試験では、有害反応と呼ばずに、有害事象と呼ぶようになっています。すなわち、その薬剤に関連があってもなくても、投与した患者さんに不利益になる症状を有害事象と呼び、臨床試験で出現した有害事象を記録することが義務づけられています。

このような状況で薬剤をより安全に投与していただくためには、製薬企業が持っている有害事象の全てのデータ(調査症例数を含む)を公開することが重要ではないかと考えています。特に、重篤な有害事象が出現した場合には、厚生労働省だけでなく、医療専門職にも具体的な臨床経過を含め、その情報を提供することが必要ではないでしょうか。

医薬品、特にがん治療薬は有害な副作用がつきものと考えられますし、また、予期しない副作用も出現することがあります。重篤な有害事象に関する情報を医療専門職と共有すれば、同じような有害事象の出現を回避できるかもしれません。その上で、有害な副作用が出現する可能性の高いリスクを特定化し、その予防・対策を確立する努力が必要と思っています。

6.副作用に対して製薬企業に期待されること

プラチナ製剤やタキサン製剤の中には、特許切れに伴ってジェネリックが発売されるようになってきました。それらの薬剤の特徴的な副作用として知られる末梢神経障害の機序は、ある程度類推できるようになってきましたが、その対策は、未だ確立されていません。副作用対策の確立には時間がかかりますが、薬剤の副作用で不幸な結果を招く患者さんを少なくするための副作用の予防・対策を確立するための検討を続けていくことが、製薬企業として必要と思っています。

副作用は製薬企業にとって好ましくないことかもしれません。しかし、それを伝えないことは、患者さんに不利益をもたらし、製薬企業への信頼も失われることにもなりかねません。有効性という、その薬剤にとって都合のよい情報だけでなく、すべての安全性情報(副作用情報)、特に重篤な副作用の情報を公開することで、より安全に患者さんに投与できるようになると思われます。

安全性情報を適切に医療専門職に伝えることにより、その薬剤の信頼性のみならず、製薬企業に対する信頼性も増し、がん治療のチームの一員としても評価されることになるのではないでしょうか。

次回は、がん治療薬をより有効に投与していただく条件を特定化することの重要性について、個人的な意見を述べたいと思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年3月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。