コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.17

がん医療のチームの一員としての薬剤師の役割:part 1

患者さんを中心とするがん医療を実現するためには、チームの一員として、薬剤師の役割も重要であることは言うまでもありません。現在、がん専門薬剤師やがん薬物療法認定薬剤師など、がん薬物療法に関わる薬剤師の養成や認定が行われてきていますが、がん医療のチームの一員としての薬剤師の役割を考えるにあたって、その基礎にある薬剤師としての役割や使命を、まず、考えてみたいと思います。

1.薬剤師の役割と使命

薬剤師の役割や使命に関しては、日本薬剤師会が定めた「薬剤師綱領」や世界保健機関(WHO)が定めたファーマシューティカル・ケアの定義で定めたものがありますので、紹介します。

日本薬剤師会は、1973年(昭和48年)10月、次のような「薬剤師綱領」を制定しました。

  1. 薬剤師は国から付託された資格に基づき、医薬品の製造・調剤・供給において、その固有の任務を遂行することにより、医療水準の向上に資することを本領とする。
  2. 薬剤師は広く薬事衛生をつかさどる専門職としてその職能を発揮し、国民の健康増進に寄与する社会的責任を担う。
  3. 薬剤師はその業務が人の生命健康にかかわることに深く思いを致し、絶えず薬学・医学の成果を吸収して、人類の福祉に貢献するよう努める。

また、世界保健機関(WHO)では、1993年に、「薬剤師の活動の中心に患者の利益を据える行動哲学」として、次のようにまとめています。

「患者の健康及びQOL(生活の質)の向上のため、明確な治療効果を達成するために薬物治療を行う際の、薬剤師の姿勢、行動、関与、倫理、機能、知識、責務及び技能に焦点を当てるファーマシューティカルケアは患者の直接的利益をもたらすものであり、薬剤師は、患者に対するケアの質に直接的責任を有している。」

このように、薬剤師は、薬学の専門的知識や技能を用いて、患者さんに質の高い薬物療法を提供し、患者さんの健康やQOL向上に貢献する責任があると明記されています。

2.薬剤師の役割を実現するために必要なこと

上のような薬剤師としての役割を実現するためには、(1)薬物療法を提供する患者さんの身体的な病態や心理的な状況の適確な把握、(2)その病態を改善するために有効性と安全性が科学的に確認された薬物の選択、(3)患者さんの状態にあわせた用法・用量の選択、(4)有害反応(副作用)の予測と対策、(5)投与された薬物療法の効果(有効性と安全性)のモニターによる評価、(6)治療効果の次の患者さんへの応用などが必要になると考えられます。

言い換えますと、薬剤師は、EBM(科学的根拠に基づく医療)の面から有効性の確認された薬物療法の選択、薬剤疫学の面からは薬物療法の有害反応の予測、そして、患者さんの意向に沿った薬物療法の決定という臨床倫理の側面も考慮することが必要になると思います。そしてまた、薬剤師は、チーム医療の一員として、進行度などの診断や病態把握に関する医師との確認や、患者さんの症状を含めた看護師の方々のアセスメント、そして患者さんの意向などから、患者さんを含めたチームで総合的に提供する薬物療法を決めていく役割を果たすことが最も重要となるかもしれません。

3.がん薬物療法における有害反応の確認の大切さ

がん薬物療法の中心となる化学療法剤は、一般的に毒性も強く、適切に使用しなければ、致死的な有害反応を招くことが少なくありません。患者さんの中には、高齢の方も多く、また、糖尿病、高血圧、精神・心理的苦痛などを合併している方が少なくありません。標準治療と評価されている薬物療法でも、全身状態(performance status:PS)が不良な患者さんに対しては、有害反応だけが強く出現し、十分な効果が得られないことが多いと思われますので、提供する薬物療法の有害反応をよく確認し、患者さんが、その薬物療法にどれだけ耐えうるのかを考えなければならないと思います。

また、皮膚障害や脱毛などの有害反応のように致死的な有害反応にならないと考えられる場合でも、患者さんの中には、その有害反応により心理的なダメージを受けることもありますので、患者さんと有害反応の可能性をよく話し合ってから治療を選択することも必要になると思われます。

4.がん薬物療法における併用薬剤の影響への考慮

さらに、合併する疾患の薬物療法の中には、がん薬物療法と相性が悪いものがあります。たとえば、精神・心理的苦痛を緩和する抗うつ薬や抗不安薬などの中には、薬物代謝酵素であるチトクロムP450(CYP)の活性を阻害するものもありますし、逆に誘導する作用を有する薬剤もあります。乳がんのホルモン療法に使われる抗エストロゲン薬のタモキシフェンは、チトクロムP450の一種であるCYP2D6などにより代謝を受け、エンドキシフェンなどの活性代謝物に変換され、効果を発揮すると考えられていますので、CYP2D6の活性が低下している例やCYP2D6を阻害する薬剤を併用している例では、タモキシフェンの効果は発揮されにくいと考えられます。

また、最近、話題になっている低分子の分子標的治療薬の多くは、チトクロムP450の一種であるCYP3A4により代謝されることが知られていますので、CYP3A4阻害薬の併用により有害反応が増強されたり、CYP3A4誘導剤の併用により効果が減弱されたりする可能性が指摘されています。すなわち、がん薬物療法と併用する薬剤との薬物相互作用を考慮して、併用する薬剤の変更などを考えることも必要になります。つまり、患者さんの合併症や現在投与されている薬剤との薬物相互作用を知らなければ、標準治療であっても、適切ながん薬物療法の提供は困難になるかもしれません。

5.がん専門薬剤師などに求められる知識

したがって、薬剤師は、がんの薬物療法だけでなく、一般的な薬剤に関する薬理学的知識や合併症の病態の理解が基本にあることが求められると考えられます。それらの基本の上に、がんの病態、標準的がん薬物療法や薬物療法の作用機序、薬物動態などの薬理学的知識、薬理学的作用を意識した副作用対策の知識が備わってこそ、がん専門薬剤師、がん薬物療法認定薬剤師としての使命が発揮できるのではないかと思います。そして、そのような知識を活かすためには、患者さんを支えるという人間性もまた必要となるのではないでしょうか。

次回は、より具体的に薬剤師の役割について、意見を述べてみたいと思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年2月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。