コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.18

がん医療のチームの一員としての薬剤師の役割:part 2

1.治療法の選択における役割

現在、多くの診療ガイドラインが作成されていますので、患者さんに提供しようとする科学的に立証された薬物療法の候補を選択することは、それほど難しいことではないと思います。しかし、それらの選択肢の中から、患者さんに適する治療法を選択することは容易なことではないと思われます。

理想を言えば、候補となるすべての治療法の有効性(奏効率、無増悪生存期間、全生存期間、QOL)と有害反応そして医師の方々が把握する病態・病状、看護師の方々がアセスメントする患者さんの状況と患者さんの希望、精神科医や臨床心理士が把握する心理状態、ソーシャルワーカーの方々が把握する家族動向、社会的役割などの環境状況に照らし合わせて、患者さんを含むチームで総合的に決定することが望ましいと思われます。

その治療法選択のプロセスの中で、果たすべき薬剤師の役割を考えてみます。まず、大切なことは、エビデンスが確立された臨床試験の対象条件、除外条件と、治療を行おうとする患者さんの状況が合致するかどうかを確認することと思います。多くの臨床試験では、患者さんの全身状態(Performance Status:PS)、正常な骨髄機能、肝臓機能、腎臓機能が保持されていることを対象条件としています。そして、血管新生阻害薬などでは、致死的な有害反応を予防するために、グレード2以上の喀血を経験した例、脳転移例、血栓症や出血の既往がある例、抗凝固剤治療を受けている例、コントロールされない高血圧がある例、治癒されていない外傷・潰瘍・骨折がある例を除外条件としていますので、この臨床試験で得られたエビデンスを適応する場合には、治療を行おうとする患者さんが、対象条件に合致し、除外条件に合致しないことを確認することが必要になると思います。

たとえば、PS 3である患者さんや貧血などの骨髄機能異常が認められる場合には、多くの場合、エビデンスは応用できないことになりますし、血管新生阻害薬などは、脳転移例、血栓症や出血の既往がある例、抗凝固剤治療を受けている例、コントロールされない高血圧がある例には適応できないことになります。エビデンスは臨床試験での対象条件や除外条件のなかで確立されたものであり、その条件に合致する患者さんに応用することがEBM(Evidence Based Medicine)の基本ではないでしょうか。

2.有害反応の予測とその対策における役割

次には、出現する可能性のある有害反応を予測し、患者さんが耐えられるものかを推測することだと思います。臨床試験とは異なり、患者さんは、種々の併発する疾患を持つ場合がありますので、併発する疾病の治療薬と候補となる治療法を併用する場合、薬物相互作用が出現する可能性があるかどうかを検討することが薬剤師の仕事になると思われます。

たとえば、がん疼痛治療薬として多く使用されるフェンタニルは、薬物代謝酵素CYP3A4で代謝されることが知られていますが、抗菌薬であるイトラコナゾールなどのCYP3A4阻害薬を併用すれば、代謝が遅延し、呼吸抑制の有害反応のリスクが増大することになりますので、CYP3A4阻害作用がない抗菌剤への変更が勧められることになります。CYP3A4により代謝される薬剤には、ゲフィチニブやエルロチニブなどの分子標的治療薬なども知られていますので、有害反応のリスクを軽減するためにCYP3A4阻害作用のない薬剤を併用するよう代替案を提案することが必要になると思います。

また、有害反応の予防と出現した際の投与量の減量、治療の中止を含めた対策についても薬剤師が関与することが求められます。好中球減少や悪心・嘔吐の予防に関しては、臨床試験により確立されたエビデンスでガイドラインが作成されていますが、多くの有害反応に関しては、明確なエビデンスがないものもあります。しかし、有害反応対策を行うことは、患者さんのQOL維持には、必須となりますので、適切と思われる対策を医師、看護師などのチームで合意して、患者さんにわかりやすく説明することも重要なことと思います。その際、副作用対策が薬剤の効果を減弱する危険性もありますので、効果が減弱しない副作用対策を行うことが望まれます。

たとえば、エストロゲン受容体陽性の乳がん患者に対する標準治療の1つにタモキシフェンがありますが、タモキシフェンは薬物代謝酵素CYP2D6によりエンドキシフェンなどの活性代謝物に変換されて、効果や「ほてり」(hot flash)などの有害反応を発現することが知られています。CYP2D6阻害活性が強い抗うつ薬のパロキセチンをタモキシフェンと併用しますと、「ほてり」の有害反応は軽減するのですが、効果も減弱することが指摘されています。この点については、議論があるところですが、CYP2D6阻害作用を示さない抗うつ薬やガバペンチンなどでも「ほてり」の軽減効果があることが報告されていますので、タモキシフェンの効果を減弱しないような有害反応対策に変更することが必要となります。すなわち、効果発現機序と有害反応発現機序を確認して、効果を減弱しない有害反応対策を提案するのも薬剤師の役割と言えるのではないでしょうか。

3.患者さんを最期まで支えつづける薬剤師になろう!

さらに、患者さんに提供した治療において期待する効果が認められないことがあります。腫瘍増悪や耐えられない有害反応が出現するなど、その治療が不首尾に終わったときのために、次の治療法なども患者さんに説明し、安心してその治療を受けられるように支えることも必要になるかもしれません。

なかには、治療中にがん疼痛などの症状で苦しむ患者さんもおられると思います。がん治療の中には、先に示した薬物相互作用を示すものが少なくありません。そのような患者さんには、がんの治療の効果を損ねることないがん疼痛治療を行うことが、患者さんの希望に添うことになるのではないでしょうか。

がん治療の薬物療法も、症状緩和の薬物療法も、がんの薬物療法と言えます。自分はがん治療専門の薬剤師、私は緩和ケア専門の薬剤師と言うのではなく、がん治療から症状緩和までの薬物療法に責任をもち、患者さんの意向に沿って、その患者さんに適切な薬物療法を提供し、そして、その効果や有害反応をモニターすることが薬剤師に求められるのではないでしょうか。

薬剤師は、患者さんに提供するがん薬物療法に責任があります。薬物療法の専門性を磨き、患者さんを含めたチームに信頼されることで、薬剤師はがん医療に大きく貢献できるのではないでしょうか。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年7月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。