コラム/エッセイ

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~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.20

論文の構造化抄録を作成することの意義:part 1

これまで、がん医療にもEvidence-Based Medicine(EBM:科学的根拠に基づいた医療)が重要であり、特に、薬剤師の方々には重要であることを強調してきました。EBMは総論を理解することは比較的容易ですが、海外の臨床研究などのオリジナル論文を読み、データの信憑性を評価し、目の前の患者さんにそのエビデンスが応用できるか(患者さんの利益になるか)を判断するというEBMの実践は容易なことではないかもしれません。

先日(2009年7月)、「第7回みんなで学ぼうチームオンコロジー」で「EBMを用いた治療方針の決定」というテーマで講演させていただく機会がありました。その際に、オリジナル論文の適切な批判的吟味のためには、論文の構造化抄録(structured abstract)を作成することが重要とお伝えしましたところ、反響がありましたので、この連載コラムでも、数回に分けて構造化抄録の重要性について、意見を述べることにします。

1.構造化抄録とは

構造化抄録は、その論文に掲載された臨床試験の内容が適切に理解でき、吟味できるように工夫された抄録のことです。構造化抄録に記載する項目、すなわち確認すべき論文の内容には、まず目的(research questionは何か)があり、次に研究デザイン(どのような方法でresearch questionを検証しようとしているのか)があります。研究デザインの各項目としては、研究施設の状況(専門施設か、一般の医療機関か)、研究対象患者(症例数、適格条件、除外条件)、ランダム化の方法(オープンラベル試験か、二重盲検試験か、予後因子を適切に層別しているか)、介入方法(薬物の用法・用量、併用療法など)、効果指標(主要評価項目は何か、副次的評価項目は何か、測定方法、測定時期など)、統計解析法などがあります。最後に、結果(解析対象症例数、主要評価項目の結果が適切に記載されているか、どのような有害事象があるか)、そして著者らはどのように結論しているかという内容を抄録に記載することが必要になると思われます。

このような内容が記載されている構造化抄録を読めば、その論文に掲載された臨床試験内容の最低限のポイントを短時間で容易に読みとることが可能となります。しかも、論文をこのような構造化抄録にまとめることで、論文に掲載されている臨床試験の内容や問題点をしっかりと把握することができます。米国医学会雑誌(JAMA)などの一流医学誌は、この構造化抄録を採用しています。

日本で作成されている診療ガイドラインにも、構造化抄録が付記されるようになりました。しかし、簡素に記載されているために、論文に掲載されている臨床試験の内容や問題点を十分に把握し、詳細な批判的吟味を行うためには、記載されている情報量が少ないかもしれません。

2.研究デザインについて ― 試験の目的の確認

臨床研究の質は、研究デザインで決まると言われています。がん医療の臨床研究は、主に専門施設や専門家がいる医療機関で行われますので、研究施設の状況はあまり重要ではないかもしれません。

臨床試験には、目標効能に対する探索的検討、用法・用量の検討、検証的試験のデザイン、エンドポイント、症例数の推定などの根拠を得ることを目的とする探索的試験の第II相試験とその試験で得られた仮説を検証する第III相試験があります。そして第III相試験では、第II相試験で示されたがん種や治療時期での有効性の証明/確認、安全性プロフィールの確立やリスク/ベネフィットの評価のための根拠を得ることが目的となります。その場合の有効性は、research questionで主に評価する効果(主要評価項目)で検証することになります。

多くの臨床試験では、副次的評価項目が設定されていますが、これらの項目は、この試験の主目的ではなく、合わせて検討する評価項目です。これらの評価項目に関しては、検証的ではなく、探索的になりますので、結果は、事実としての認識ではなく、「示唆された」程度にすぎないと理解することが必要になります。臨床試験の症例数は、検証すべき項目でどの程度の効果が得られれば有効であるかということを前提にして、それを検証するためには、どの程度の症例数が必要かを算出して設定しています。副次的評価項目のように、検証するために必要な症例数が設定されていない場合には、探索的項目と考えられます。

3.研究デザインの各項目の確認

まず、研究対象患者の適格条件、除外条件を考える必要があります。その試験で得られたエビデンスは、その適格条件の中でのエビデンスと考えるべきで、目の前の患者さんが除外条件に合致する場合には、そのエビデンスはその患者さんに応用できないと考えるべきかもしれません。

ランダム化の方法も、確認しなければならない重要なポイントとなります。注射剤の場合には、オープンラベル試験が多く行われていますが、症状など医療専門職の励ましなどで影響される項目を評価する場合には二重盲検試験が必要になります。また、最近、種々の研究で明らかにされてきている予後因子や効果予測因子を層別化しているかどうかの確認も必要になります。このことは、選択バイアスを吟味するために重要となります。

介入方法、すなわち、比較する治療群の薬剤、用法・用量、併用療法を確認することはもちろんですが、有害事象が出現した場合の薬剤の減量や中止の基準も確認することが大切です。

前述したようにresearch questionを検証するためには効果指標の設定が重要になります。がん医療の効果指標として、ランダム化の時点から全原因による死亡までの期間である全生存期間、がんによる死亡のみを扱う場合には、がん特異的生存期間(cancer-specific survival)が用いられています。術後補助療法を評価する場合には、ランダム化の時点から腫瘍再発または全原因による死亡までの期間の無病生存期間を用います。

(客観的)奏効率は、前もって定めた量の腫瘍径が縮小した患者の割合で、最近はRECIST基準が用いられています。また最近では、腫瘍径が不変である例を加えた病勢安定率などを示す論文も増えてきています。そして、ランダム化の時点から客観的な腫瘍増悪までの期間を評価する場合には無増悪期間を用いますが、この場合、この期間の死亡を含みませんので、死亡を含む無増悪生存期間が多く用いられています。また、ランダム化の時点から疾患増悪、治療毒性及び死亡を含む全原因による治療中止までの複合エンドポイント測定時間を治療成功期間として評価する論文もあります。

患者の死亡日は特定化できますので、生存期間を日数で表すことができます。しかし、腫瘍の再発・増悪は、4週毎に測定することが一般的ですので、再発日、腫瘍増悪日を特定することはできません。そのため、再発・増悪は4週間の間で臨床的に出現したものと考え、再発・増悪の確認日で解析することになります。すなわち、無増悪生存期間などの評価は、4週間毎または近似的に月数で表すことが正しいと言えるかもしれません。また、再発・増悪は、診断方法によっても異なりますので、無増悪生存期間の評価には、バイアスが存在すると考えておくのも賢明と思います。

また、最近、患者が評価すべきQOL(生活の質)や症状などを「患者報告アウトカム」(PRO :Patient-reported outcome)と呼び、その重要性が高まっています。米国FDAなどでは、そのPRO評価を新薬承認審査項目に採用する方針を決めています。

これらの効果指標は、評価すべき治療法、薬剤、research questionにより異なると思いますので、どのようなresearch questionを検証する効果指標であるかを確認することが重要になります。

今回は、構造化抄録における研究デザインに関して記載しましたが、次回には、結果の批判的吟味、構造化抄録の作成についてお伝えしたいと思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年9月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。