コラム/エッセイ

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~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.21

論文の構造化抄録を作成することの意義:part 2

前回(vol.20)、Evidence-Based Medicine(EBM)を実践するためには、構造化抄録の作成が重要であり、構造化抄録の要素と研究デザイン(どのような方法でresearch questionを検証しようとしているのか、研究対象患者、ランダム化の方法、介入方法、効果指標など)に関して説明させていただきました。今回は、結果と結論、そしてコメントなどの記載について説明したいと思います。

1.結果の吟味について

臨床試験の結果の吟味は、比較する群において、治療効果に関連性がある予後因子や効果予測因子が両群に偏りがないか、計画された治療がどの程度行われているか、主要評価項目や副次的評価項目にどのような影響があったのか、有害事象はどの程度であったかを検討することになります。

■予後因子の偏りの吟味

臨床研究では、選択バイアスをできるだけ少なくするために、治療効果に関連性がある予後因子や効果予測因子などを層別因子としてランダム化することで、患者背景因子が両群に偏りがないように工夫されていることが多いと思います。しかし、実際に集積された両群の予後因子や効果予測因子に偏りがどの程度あるかを確認することも重要となります。本来ならば、両群の患者背景因子の偏りを統計学的に検定することが行われますが、最近の論文では“well balanced”とのみ記載されているだけで、検討結果が記載されていないものが多くなっています。検討する新治療群が対照群より、予後因子が不利な状況になっている場合には、それほど大きな問題はないかもしれませんが、対照群が不利な状況になっている場合には、結果を過大評価する危険性があります。

たとえば、全身状態(performance status:PS)は多くのがん種で重要な予後因子と考えられていますが、検討する治療群にPS 0が対照群と比較して10%多く、PS 2が10%少ないと判明した場合、新治療群の5年生存率が対照群より7%良好で、統計学的検定で有意差があると結果が出た場合には、その効果や治療による効果ではなく、PSの影響による差であることも考えられます。その場合、Cox比例ハザードモデル(多変量解析)で予後因子の影響を補正して、両群の効果に差があるかどうかを検討することが多く行われています。補正後でも、新治療群の効果が、対照群より良好であれば、新治療群は効果があると結論できるかもしれません。

患者背景因子に関して、論文中に“well balanced”と記載されていても、重要な予後因子などの偏りを実際に確認して、Cox比例ハザードモデルによる補正が行われていない場合には、その治療群に対してどんなに良好な結果が得られたとしても、参考程度の評価をした方が無難と思われます。また、1群50例程度の試験では、患者背景因子の偏りを十分に評価できないことになりますので、過大評価をしないことが賢明です。

■治療状況の確認

また、比較する治療群間の治療状況を確認することも必要になります。がん化学療法では、検討する用法・用量を定め、治療効果を比較することになっていますが、患者さんに不利な状況、たとえば、腫瘍増悪、耐えられない有害事象の出現、患者さんの希望などで、治療が中断されることがあります。その場合、計画した治療のどの程度が行われたのかを確認することが必要になります。

たとえば、新治療群が計画通り投与されていて、対照群が計画の半分しか投与されていなければ、その理由を吟味することが必要となります。腫瘍増悪などの理由で治療が中断されている場合には、効果の評価には問題ありませんが、有害事象のために中断されている場合、対照群の用法・用量は適切であるのかと考えることも重要となりますし、中止理由が明確にされていない例が多い場合は、その試験の質が問題となります。

このように、計画された治療の用法・用量がどの程度行われているのかを確認することは、その試験や新治療群の効果や有害事象の程度を知るために重要であることをご理解していただきたいと思います。

■効果の確認

臨床試験、特に第III相試験では、主要評価項目での評価が最も重要になり、副次的評価項目は、参考までに解析する、または次の試験で検証する項目の探索的検討となります。

最近、進行がんの臨床試験で、無増悪生存期間が主要評価項目として取り上げられることが多くなっていますが、前回も説明しましたように、腫瘍の再発日、腫瘍増悪日を特定することはできませんし、再発・増悪は、診断方法によっても異なりますので、無増悪生存期間の評価には、バイアスが存在することを考えておくことも重要です。そのため、副次的評価項目とされる全生存期間を参考までに吟味することが重要となります。

しかし、最近の傾向として、対照群の患者さんが腫瘍増悪をした場合、新治療群の治療へ変更を許可しているものがあります。治療群間の無増悪生存期間に大きな差が認められても、全生存期間に全く差が認められない場合があります。全生存期間に差がなくなった場合の理由として、増悪後に無増悪生存期間で効果が認められた新治療群の治療を行ったために、対照群の成績は良くなり、差が認められなくなったと考察されることが多くなっています。治療群間で無増悪生存期間に大きな差があり、全生存期間に差が認められない場合には、その理由を吟味し、良く確認することが必要になります。

無増悪生存期間や全生存期間の評価には、追跡期間が重要になります。3年無増悪生存期間の結果が記載され、追跡期間中央値が2年と記載されている論文もあります。この場合には、2年間追跡できていない対象患者が50%であることを示します。すなわち、50%以上の対象患者に関しては、3年後の増悪は不明となり、3年無増悪生存率は変動の大きいものになる可能性があります。解析上は、censored case(追跡中)として、追跡できた時点までの情報を加えることができますが、追跡期間中央値が2年であれば、2年無増悪生存期間の解析で評価することがより精度が高いと思われます。無増悪生存期間、全生存期間の評価は、追跡期間を良く確認することが重要です。

さらに、当初の研究デザインでは、3治療群の効果を評価するとなっている試験で、2治療群の結果しか公表されないものも見受けられます。なぜ2治療群の結果しか公表されないのか、その理由を確かめることが必要と思います。

また、結果の表し方に関しても、よく考える必要があります。3年全生存率が2%程度改善し、ハザード比0.70であるために、「死亡リスクが30%減少した」と記載される場合があります。この記載は間違いではありませんが、3年全生存率の差が2%ですので、NNT(number needed to treat)、すなわち治療群の差を1例確認するために必要な例数は100/2=50例となります。この差は、臨床的に意義のある差であるのかどうかを良く吟味することが必要と思いますが、「死亡リスクが30%減少した」という記載は、やや過剰表記である可能性もありますので、効果の絶対差やNNTで効果を考えることが必要と思います。

■有害事象について

患者さんにとっては、効果もさることながら有害事象も重要な情報になります。抄録に“well tolerated”(忍容性が良好)と記載されていても、グレード3-4の有害事象は、患者さんの苦痛になりますし、その有害事象のために、有効と評価されている治療であっても治療を断念しなければならないことがあります。そのようなことを避けるためには、新治療の有害事象のグレード(重症度)や頻度を確かめ、患者さんにその新治療を応用する場合には、問題となる有害事象とその予防、出現した場合の対策などを十分に検討して、患者さんとともに有害事象対策を講じることが必要になります。

2.結論について

これまで述べてきましたように、論文では、主要評価項目で有意差が認められず、副次的評価項目で有意差が認められた試験の場合でも、新治療は有効であると結論づけたり、グレード3-4の有害事象が比較的多くても“well tolerated”と結論しているものが少なくありません。このような場合には、この試験では、有効である可能性は示唆されていますが、有効性の検証はされていないと考えるのが妥当と思いますし、有害事象に関しても、適切に吟味する必要があります。

3.まとめ

以前には、論文は、抄録を読み、結果を読めばよいと考える方が多かったと思いますが、EBMを実践するには、前述しましたように、research question、研究デザインを良く確認した上で、結果を吟味することが重要になります。抄録やインターネット上の情報は、時に有用となりますが、それらの情報だけでEBMを実践することは問題が大きいと思います。論文を適切に読み、その情報を構造化抄録にコンパクトに記載することで問題点などが把握できます。

構造化抄録を作成するためには、英語や統計学の理解も必要となります。また、適切な薬物療法を考える上では、薬物動態、薬力学などの臨床薬理学、効果予測因子となる遺伝子型などの理解も必要になると思いますので、最初は時間がかかると思いますが、これらの作成を継続するとエビデンスの評価力が進歩し、EBMを実践する上で重要な能力になると確信しています。

私たちは、患者さんに適切な薬物療法を提供するための能力を身につけなければなりません。そのためには、EBMの実践に必要な構造化抄録を作成することで、エビデンスの評価力を身につけることが必要になると思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年10月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。