コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.22

患者QOL評価の必要性

1.患者QOL評価について

がん医療や緩和ケアには、患者のQOL(生活の質)の維持・向上が重要であることは周知のことと思います。QOLは、定められた質問票に対して患者さんに答えていただくことで評価するものですが、医療専門職の方の中には、自らが患者さんのQOLを推定して「QOLが向上した」と報告するなど、QOL評価を正しく理解していない方も少なくないようです。QOLは、全身状態(PS)やADL(日常活動動作)とは異なり、医療専門職が評価するものではなく、患者さんが評価する指標であることを理解する必要があると思われます。

がんの分野で使用されるQOL質問票には、欧州がん研究・治療機構(European Organization for Research and Treatment of Cancer)が開発したEORTC-QLQ-C30や米国で開発されたFunctional Assessment of Cancer-general (FACT-G)などの健康関連QOL(health-related QOL)があり、身体面、精神/心理面、社会面、役割/機能面などの下位尺度と症状(便秘、下痢、倦怠感、痛み、不安など)が評価でき、あわせて現在の全般的な生活の質を評価する総合QOLも評価できるように工夫されているものがあります。

米国食品医薬品局(FDA)では、QOLを患者さんが評価する効果指標(Patient-Reported Outcome)として重要であると認識し、新薬の承認審査にも反映させる方針を決めています。

患者さんが評価するQOLは、がん医療や緩和ケアに重要であることは間違いないことです。しかし、患者さんに提供したがん治療や緩和ケアの患者QOLへの影響に関する報告は、あまり多くないのが現状かもしれません。今回は、患者QOLを評価することの意義について、いくつか紹介したいと思います。

2.患者QOLに影響する因子は、がんの種類や患者さんによって異なります

患者QOLに影響する因子を検討した研究報告があります。治療前のEORTC-QLQ-C30質問票に答えていただいた胃がん患者、大腸がん患者および肺がん患者を対象として、EORTC-QLQ-C30の総合(global)QOLに及ぼす下位尺度の影響を重回帰分析にて検討したものです。

その結果、胃がん患者さんでは、がんの進行により倦怠感が悪化し、社会機能が不良となることが総合QOLに影響することが考えられ、大腸がん患者さんでは、倦怠感により総合QOLが主に影響を受けることが認められています。一方、肺がん患者さんでは、機能尺度との関連は認められず、疼痛、食欲不振、経済逼迫が総合QOLと有意に関連があることが認められています。

この結果は、がんの種類や患者さんによって総合QOLに影響する項目が異なることを示唆していますので、患者さんの状況に合わせて、患者さん一人一人のQOLを吟味する必要があると考えられます。

3.QOLは、がん医療の予後因子のひとつ

がんの進行度により、治療後の生存期間が異なります。Ⅰ期の方は、より進んだⅡ期、Ⅲ期、Ⅳ期の方より、平均して生存期間が長いことが知られ、がんの進行度は、生存期間に関連する因子(予後因子と呼ばれます)として知られています。他に知られている予後因子としては、全身状態(PS)、転移部位、貧血などの骨髄機能、栄養状態がありますが、臨床試験のランダム化比較試験では、このような予後因子が比較する群の間で偏りが認められないように、工夫して行われます。

QOLに関しても、予後因子となることが多くのがん種で報告されています。治療前のQOLが各機能や全体として良好な患者さんは、治療後の生存期間も良好であるため、治療前のQOLは、治療後の効果を推定するのに重要であることが考えられ、治療効果を評価する臨床試験では、層別因子として取り上げられるべきと勧められています。

4.QOL測定結果は、患者さんと医療専門職をつなぐコミュニケーションツール

QOL測定が患者QOLにどのような影響があるのかを検討した興味ある研究結果も報告されています。がん患者さんにEORTC-QLQ-C30質問票に回答していただき、QOL測定して主治医にフィードバックする群、QOL測定後、主治医にフィードバックしない群、QOL測定なしの群に、それぞれ患者さんをランダムに割り付け、そのQOL測定が患者QOLにどのように影響するのかを比較検討した試験です。

結果は、治療開始1-3か月後では、QOL測定を行った群が、行わなかった群より、QOLが改善し、さらに医師へフィードバックする群はより向上していることが認められました。QOLは、治療開始6か月後には群間で有意差がなくなっていますが、QOL測定することにより患者QOLは早期に改善し、主治医へのフィードバックがあれば、さらに改善することが認められます。

患者さんの中には、自分では、「調子があまり良くないのに、大丈夫と装ってしまう」傾向がありますし、また、ご自身の状態の変化に気がつかないことがあります。また、血液検査でも、そのような状態の変化がわからないこともあります。そのため、QOL質問票で評価する身体的症状、心理的な状態、ご家族や経済的な心配などは、患者さんに提供するがん医療の内容やケアの必要性などに大きな影響を示すと考えられます。そしてまた、定期的に、このようなQOL質問票に答えていただくことで、医療専門職は、患者さんの身体的な状態、心理的状態の変化を把握できますし、その結果を治療やケアに反映させることも可能であると思います。

これらのことから、QOLデータをコミュニケーションツールとして、患者さんや医師、看護師などのチームで共有し、患者さんの満足度やQOLをあげるために、どのような治療やケアを行うべきかを話しあうことが必要と思いますが、皆さんのご意見はいかがでしょうか?

5.QOL質問票は、緩和ケアの必要性をスクリーニングするのに役立ちます

日本で、2007年に施行された「がん対策基本法」では、病気の早期から緩和ケアを提供することの必要性が強調され、その提供体制構築のための努力が行われています。これらの問題を解決するための1つとして、緩和ケアチーム制度が多くの病院で導入されています。その制度は、緩和ケア病棟とは別に、緩和ケア医、精神科医、看護師、薬剤師がチームを組み、患者さんや主治医などからの依頼に基づいて、一般の病棟で緩和ケアを提供することを目的としています。

しかし、どの患者さんが緩和ケアを必要としているかは、その緩和ケアチームの方々が関わっていなければ、わからないことが多いと思われますし、また主治医や看護師の方々から紹介がなければ、その必要性も評価できないことになります。

がん治療に広く応用されているEORTC-QLQ-C30という質問票には、疼痛、倦怠感、吐き気、睡眠、食欲不振、咳、便秘、下痢などの症状に関する質問も用意されていますので、がん治療の初期から、そのような質問票を用いていれば、がん治療の初期でも症状がスクリーニングできます。そのスクリーニングで、症状があると確認できれば、緩和ケアの専門家にも診てもらうというようなシステムを作ることも可能かもしれません。

実際、このような方法を用いて緩和ケアの必要性を評価している日本の施設からの報告もあります。その報告によりますと、がん化学療法を受けている患者さん206例中、緩和ケアチームに紹介された例は38例で、そのうち10例は担当医からの紹介で、スクリーニングにより紹介された例は28例でした。そして、スクリーニングにより緩和ケアチームに紹介された理由は、精神的な苦悩22例、食欲不振/吐き気/便秘10例、痛み9例、しびれ5例、倦怠感5例、呼吸困難/咳2例と報告されています。また、担当医が認識した症状は、痛み4例、呼吸困難3例、せん妄2例、精神的な苦悩1例で、患者と治療医の認識の違いが認められています。

このように、EORTC-QLQ-C30などを用いて、緩和ケアの必要性をスクリーニングすることにより、緩和ケアへの紹介が増加することがわかり、患者が苦悩する症状をより早くに評価することが可能であることが認められています。

また、この結果は、EORTC-QLQ-C30による評価は、患者さんのQOLを評価するだけでなく、緩和ケアの必要性をスクリーニングでき、より多くの患者さんに必要な緩和ケアを提供することで、患者さんのQOLを向上させることが可能であることを示唆していると思います。

さらに、患者さんの様子や検査値では異常が感じられないのに、QOL質問票で異常を示した患者さんが急変することも経験したことがあります。また、QOL質問票を日常的に測定し、どうしてこのようなQOLの変化があるのだろうかと考えながら、患者さんを支える看護をしている医療機関もあります。その医療機関では、看護師はカンファレンスで医師とも話し合いますので、患者さんにあった、臨機応変の治療やケアが可能になっています。

QOLは、患者さんが評価する重要な効果指標であることは間違いありません。また、EORTC-QLQ-C30質問票のようなQOL質問票のデータを患者さんを含めた医療チーム全体で共有することにより、治療やケアに関する話し合いができるコミュニケーションツールになると考えられますので、QOLは、がん治療の初期から緩和ケアまで一貫したがん医療を行うための共通の指標になると思います。

またさらに、患者さんに提供したがん医療や緩和ケアが、患者さんのQOL向上にどのような効果があったのかを評価することも必要になるのではないでしょうか。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2009年11月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。