コラム/エッセイ

チーム医療が全国の医療施設で実施され
メディカルスタッフが
「顔の見える職種」になるために

Effective communication makes for a good team and good results for patients.

Vol.05

患者会代表: 当事者の声をよりよく医療政策に反映させるために

若尾 直子(患者会代表 / 薬剤師)
若尾 直子(患者会代表 / 薬剤師)
山梨県がん対策推進協議会委員、山梨県ボランティア・NPO法人理事
薬剤師の傍ら、当事者の声を効率よく医療政策に反映させる手法を探りつつ、すべての市民にとって暮らしやすい社会の構築をめざし活動している。

1.告知を受けたとき

「若尾さん、残念ながら間違いなく乳がんです」
予約制の病院に時間通りに検査結果を聞きに行った私は、順番がきても最後まで名前を呼ばれなかった。診察室に入るときには、待合室には誰も待っている人はいなかった。順番が飛ばされるたびに、不吉な予感が胸をよぎった。

とうとう最後になったとき、ある程度覚悟を決めていたが、それでも「間違いなく乳がんです」の言葉に、まさしく頭が真っ白になった。「がん」という言葉におびえた私は、一刻も早くこの忌まわしい細胞を自分の体から取り除きたかった。そして、「もしかしたら、来年はもうこの世にいないかもしれない」というのに、左胸のない自分と一生向き合うことに恐怖を覚えた。

本来、多くの乳がんは一刻を争うような病ではない。だが、そのときの私はどうしていいのかもわからず、誰かに相談することも考えられず、<左乳房全摘・腋下リンパ節廓清・腹直筋皮弁同時再建>の道を選んだ。医療は患者と医師だけで完結すると思っていた。そしてあの告知の日、病院で会話を交わしたのは医師と会計だけだった。

2.手術までの恐ろしい不安

8月6日に告知を受け、その日のうちに手術は同月の31日となった。すべて自分で望んだ決定だった。しかし手術を待つ間は、大変苦しんだ。マンモグラフィー、エコー、穿刺吸引細胞診、それぞれの結果と私の希望から治療方針が導かれていったわけだが、医師としか向き合わなかった私は、なかなか乳がんを受け入れることができなかった。

もし、マンモグラフィーを撮った診療放射線技師、エコー検査を実施した臨床検査技師、細胞診を行った細胞検査士、医療費や生活などの相談を受けてくれる医療ソーシャルワーカー等々、私の治療を決定するまでに必要な情報に関わってくれたチームメンバーと話ができたら、もしくは、いろいろ教えてもらえていたなら、告知から手術までの、あの言葉にできない恐ろしさは味あわずに済んだかもしれない。私の治療のスタートは主治医からの告知ではなく、検査から始まっていたからだ。

不安の原因は何も知らないことと、先が見えないこと。私の治療を取り巻くさまざまなチームメンバーに、もっと早く出会えていたら……。治療方針を決定する大切なときに、私には必要なチームメンバーの存在が全く見えなかった。

3.当事者の役割

2006年6月、がん対策基本法が成立した。これは、先進国であるはずの日本で、海外では当たり前に使われている抗がん剤を使うことができず、思うようにがん治療が受けられない“がん患者の訴え”がスタートだった。

大阪で第1回がん患者大集会(*1)を開催し、「がん医療における理不尽さと必要な情報のなさ」を訴えた。それを何人かの政治家が受け止め、自身もがんを罹患し当事者となった政治家が一緒に活動したことなどで、大きなうねりになった。そして、がん対策を充実させる上で法的な根拠の必要性を、早い段階から感じ取っていた数人のがん患者やその家族・遺族が中心となり、基本法の策定を訴えてロビー活動をはじめた。2005年のことだった。それは次第に大きなうねりとなり、私も加わることとなる。

がん対策基本法は党派を超えた政治力で成立した。反対する議員はゼロだった。当事者が声を上げ、成立を強力に後押ししたことで議員立法として成立した。その上、この基本法には当事者が政策の企画立案に関わることが付帯決議として明記され、その後に続く推進基本計画等に、患者の声が反映されていくこととなる。 

患者や家族は命のために声を上げる。それは自分のためでもあり、家族のためでもあり、これから続く誰かのためでもある。この営みは、誰でも、どんな状況でも、どこに住んでいても、その人が望むなら、納得できる医療が手に入るような医療環境実現を目指している。

4.チーム医療に期待すること

患者が声をあげる、この環境を誰が作るのか。誰かが作ってくれるとは思っていない。だが、患者は患者でしかない。法の専門家でも企画立案のプロフェッショナルでもない。当事者参加型の推進基本計画であっても足りないものに、次々と気づく。今後、ますます当事者として多くを学び、効率よく声を上げ続けていかなければならない。

患者のための理想を知っているメディカルスタッフが、患者の意向を確認しながらチームとして連携を強化していったら、より速く理想に近づくと思われる。交通事故対策では、国を挙げて「世界一安全な道路交通の実現」に向け、着々と成果を上げている。がん対策も「七位一体(政治、行政、企業、教育等学問、報道、患者とその家族、メディカルスタッフ)」で同じ目的に向かって連携すれば、必ず結果が出る。

メディカルスタッフは“なってみなければわからない患者の視点”を考える習慣を持ち、それぞれが存在感のある職種として、もっともっとアピールし、チームメンバーと手をつないでほしい。それは、きっと患者のためだけではないはずだ。

(注)
*1 がん患者大集会は、NPO法人がん患者団体支援機構が主催するシンポジウム。2005年より2010年まで6回開かれ、どこに住んでいても、誰であっても、最善で最適な治療が受けられることを目指した医療改革を推進するため、全国のがん患者会のネットワークによってその対策を協議し、提案している。

(2011年4月執筆)

チーム医療推進協議会
チーム医療推進協議会
2009年、チーム医療を推進するとともに、メディカルスタッフの相互交流と社会的認知を高めるために設立された協議会。
病院で働く職能団体16職種、患者会、メディアで構成されている。メディカルスタッフが連携・協働することで、入院や外来通院中の患者の生活の質(QOL)の維持・向上や、それぞれの人生観を尊重した療養の実現を目指しています。