コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.05

副作用の出現が、薬の効果発現の目安になる場合があります

抗がん剤の多くは副作用が現れます。副作用は、患者さんの生活に悪影響を与えるものが多いと思いますので、抗がん剤を投与する際には、副作用対策が必須になります。しかし、副作用の中には、薬剤の効果発現の目安になる場合もあります。より適切な副作用対策を行っていただくために、そのような例を示し、よりよい副作用対策を考えてみたいと思います。

1.肺がん治療薬ゲフィチニブなどの皮膚障害の例

ゲフィチニブ(商品名イレッサ)やエルロチニブ(商品名タルセバ)は、がんの増殖に関与する上皮増殖因子の受容体(EGFR:Epidermal Growth Factor Receptor)に作用して、がんの増殖を阻害することが知られています。上皮増殖因子(EGF)は、上皮の増殖に関与する因子で、がんの増殖だけでなく、皮膚や消化管粘膜の新陳代謝などの機能維持にも関わる因子であることが知られています。そのため、ゲフィチニブやエルロチニブなど上皮増殖因子受容体に作用する薬を投与しますと、がんの増殖を阻害するだけでなく、皮疹(ひしん)など皮膚障害や下痢などの副作用も現れます。

ところが、皮膚障害が現れた例では、ゲフィチニブやエルロチニブの効果がより強く認められることが示され、皮膚障害はゲフィチニブやエルロチニブの効果発現の指標にもなることが明らかにされました。これを専門的には効果予測因子といいます。

皮膚障害は、患者さんにとって辛い副作用ですので、その対策が必須となります。しかし、その対策のためにゲフィチニブやエルロチニブの効果を弱めてしまっては、投与する意味がなくなりますので、効果に関係しないような軟膏やクリームなどで治療することが多いと思います。参考記事:イレッサ、タルセバによる皮膚障害対策(Webサイト「爽秋会クリニカルサイエンス研究所」掲載記事)

2.乳がん治療薬タモキシフェンの“ほてり”の例

乳がんでは、女性ホルモンであるエストロゲンが乳がんの増殖に関与することが知られ、エストロゲン受容体陽性の患者さんには、タモキシフェン(商品名ノルバデックスなど)などのホルモン治療薬が投与されることになります。タモキシフェンは、エストロゲンの作用を阻害する薬ですが、エストロゲンの作用を阻害すると、更年期障害でみられるような“ほてり”が出現することがあります。

昨年(2007年)の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で、タモキシフェンを投与した方で、“ほてり”が出現した方にタモキシフェンの効果がより強く認められることが発表されました。参考記事:“ほてり”は乳がんの再発のリスクを低下するかも?(同上Webサイト掲載記事)

“ほてり”も辛い副作用ですので、種々の対策が検討されてきました。その中で、ある種の抗うつ薬を投与することにより“ほてり”が改善することが認められました。しかし、その後の研究で、その抗うつ薬はタモキシフェンの代謝を抑制し、タモキシフェンの効果に関与するエンドキシフェンという活性代謝物の生成を抑制することがわかってきました。すなわち、その抗うつ薬は、タモキシフェンの代謝を阻害し、その作用を抑えることで、“ほてり”を軽減していた可能性があることが示されたのです。

タモキシフェンの作用を抑えるということは、タモキシフェンの効果も抑えることになります。したがって、その抗うつ薬を併用するとタモキシフェンの効果を減弱する可能性が大きく、今では、その抗うつ薬を投与しないようになっています。

現在では、他の薬剤投与やサプリメントなども検討されていますが、まだ確立されているものはありません。なので、適切な運動やリラクゼーションなど、タモキシフェンの効果に関係しない方法で対処することが必要かもしれません。

3.血管新生阻害剤ベバシズマブなどの例

また、ベバシズマブ(商品名アバスチン)、ソラフェニブ(商品名ネクサバール)などの血管新生阻害作用を示す薬剤が発売になっています。これらの血管新生阻害作用の特徴的な副作用として高血圧があります。これらは、末梢血管の新生を阻害するために血圧が高くなると知られています。血管新生には一酸化窒素(NO)という物質が必要で、高血圧治療薬の中には、NOの産生を増加して、血圧を下げる作用を示すものがあります。すなわち、血圧を下げるために、血管新生を促進している可能性がありますので、血管新生阻害剤による高血圧の治療には、NO産生に関わらない薬剤を選ぶことが望ましいのかもしれません。

他にも、放射線療法による口内炎予防に、ビタミンEを投与することが行われました。しかし、ビタミンE投与によって口内炎が起きにくくなりましたが、放射線療法の効果も弱めることが報告されています。

抗がん剤や放射線療法には副作用がありますが、その副作用は、抗腫瘍効果と密接に関係しているものが少なくありません。副作用を緩和できても、抗腫瘍効果まで弱くなっては、その副作用対策は適切なものとは言えないと思います。

抗がん剤は、いろいろな副作用が出現します。出現する可能性をよく知り、副作用対策を行うことは、皆さんの療養生活をよりよくするためには大切なことと思います。そして、その副作用対策が、抗がん剤や放射線療法の効果を弱めることがないことを確かめることもまた重要であると思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2008年6月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。