コラム/エッセイ

納得して抗がん剤治療を受けていただくために
~薬学専門家からの提案~

Understanding your therapy for good treatmen.

Vol.29

がん免疫療法は確立された治療法か?

1.がんの免疫療法 ― 最近の動き

がんの免疫療法は、外科手術、抗がん剤などによる薬物療法、放射線療法に続く、第4の治療法と期待され、1970年代から数多く研究されてきました。

最近、症状または軽度症状が認められるホルモン抵抗性前立腺がんを対象として、前立腺酸性ホスファターゼ(PAP)などに対して免疫反応を示す患者の免疫担当細胞を用いる細胞免疫治療sipuleucel-T (商品名PROVENGE) を評価するランダム化比較試験で、この免疫療法剤を投与した群が有意に全生存期間を改善することが示され、米国食品医薬品局(FDA)は、世界で初めて、この免疫治療剤を承認しました。

また、日本で開発された前立腺がんのペプチドワクチンに関しても、ランダム化第II相試験で無増悪生存期間が有意に改善することが報告されています。

抗CD20抗体であるリツキシマブ(商品名リツキサン)、抗HER-2抗体であるトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)、抗EGFR抗体であるセツキシマブ(商品名アービタックス)が臨床的に有用であることが証明され、標準治療の一つとして評価されるようになりました。これらの作用機序の中には、抗体依存性細胞障害(ADCC)の寄与があることも知られています。

さらに、治療ワクチンではありませんが、子宮頸がんはヒト・パピローマウィルス(HPV)感染が原因であることが多いことがわかってきて、子宮頸がん予防ワクチンが日本でも承認されてきました。

他にも、抗原提示細胞である樹状細胞を用いた免疫療法、活性化リンパ球を利用した免疫療法などのエビデンスが少しずつ報告されるようになり、がんの免疫療法は新しい時代を迎えていると考えられます。

2.がんの免疫療法の課題

筆者は製薬企業時代、免疫賦活作用を有する薬剤を担当していました。その経験から、がんの免疫療法について解決すべき課題について、いくつか述べてみたいと思います。

よく「免疫をあげるために」とか、「笑うとNK細胞が活性化し、免疫能があがる」とか言われることがあります。免疫とは、病気(疫)を免れるという意味で、自分の身体にはない異物(抗原)を「非自己」と認識して、これに対して特異的に作用する抗体(または細胞障害性Tリンパ球)を使って「非自己」である異物を排除するという生体の仕組みです。すなわち、厳密な免疫は、抗原だけに(特異的に)作用する抗体(またはリンパ球)が作用するという仕組みであると考えられます。

それに対して、私たちがよく使う「免疫能」という言葉は、抗原に特異的に作用する抗体(または細胞障害性Tリンパ球)の反応ではなく、好中球、単球(マクロファージ)、NK細胞、リンパ球などの全般的(非特異的)な反応性を意味しており、免疫という言葉より「生体防御能」と言った方が適切かもしれません。

筆者が担当していた抗がん剤は、投与することで、好中球や単球(マクロファージ)、NK細胞、そしてリンパ球を活性化する作用があり、非小細胞肺がんの生存期間を延長する効果や、がん性胸腹膜炎に効果的であることが示されていましたが、がんに特異的に作用する抗体(または細胞障害性Tリンパ球)を活性化し、それが効果に関連するという報告はほとんどありませんでした。そのことから、免疫療法剤とは言わずに、Biological Response Modifier(BRM)と呼ばれています。現在、腎細胞がんにも使用されているインターロイキン-2(IL-2)、インターフェロン-α(IFN-α)などのサイトカインもBRMとして位置づけられています。

すなわち、好中球、単球(マクロファージ)、NK細胞、リンパ球などの非特異的活性が上がるということは、それなりの生体防御反応をあげ、特異的な免疫が働く環境を作ることは出来ますが、特異的な免疫反応が引き起こされているとは限らないことを意味します。それらの生体防御反応を高めることは、感染に対する抵抗性もあげますので、良いこととは思いますが、がんに対する免疫反応が上がっていると考えない方が賢明と思います。

がん細胞は、自分の細胞が「がん化」したものですので、異物として認識しにくくなっています(抗原性が低い)。現在、研究されているがんの免疫療法は、低い抗原でも認識しやすくすることで、がんに対する特異的な免疫反応を引き起こすことを期待したものです。

ペプチドワクチンは、がん細胞の抗原蛋白であるペプチドを投与することで、その抗原に特異的に働く感作リンパ球(細胞性T細胞)を活性化し、抗腫瘍効果を期待するものです。また、抗原を増幅してリンパ球に抗原情報を伝える抗原提示細胞である樹状細胞を用い、患者自身のがん細胞とともに培養した樹状細胞を接種する養子免疫療法と言われるものや、患者さんのリンパ球を取り出し、IL-2やがん細胞などで活性化して、患者さんに戻す養子免疫療法があります。

米国FDAで承認された前立腺がんの免疫細胞治療剤は、患者さんの白血球を取り出し、前立腺酸性ホスファターゼ(PAP)で培養し、PAPに特異的な免疫反応を示す免疫担当細胞を用いる養子免疫療法です。

がんに対する免疫反応を高める研究は数多く、その中には臨床試験で可能性を示しているものがありますが、適切な臨床試験(第III相試験)でその有効性が証明されたものは、細胞免疫治療sipuleucel-Tを含めてわずかしかなく、第II相試験までは良好な結果を示していても、第III相試験では有効性が示されていないものも多いことを知る必要があります。

3.免疫療法と医薬品の比較

何が問題なのかを医薬品の場合と比較して、筆者なりに考えてみました。

医薬品の場合には、基礎研究などから、医薬品の有効性などの品質をどのように保証するかを考えます。いつ作っても同じような効果が得られるような基準に従って、ロット差をなくすることで品質を保証しています。しかし、免疫療法の場合に、ロット間で同じ活性が得られるという基準があるのかどうかが不明です。さらに、どの程度の量を投与すれば、期待する効果が得られるのかという用量の問題もあります。

また、免疫療法は、医薬品の場合より、宿主(患者)の状態で効果が異なることが考えられます。特異的な免疫は、比較的少ないがん細胞には効果を示しますが、がん細胞が多ければ効果を示さないことも知られています。すなわち、転移性などの進行がんのような患者さんには効果を示しにくいと考えられます。

腎細胞がんは、放射線療法や化学療法には奏効せず、IL-2やIFNに奏効をしめすことが知られていますので、がん種によって、免疫療法が奏効しにくいものと奏効しやすいものがあると考えられます。

免疫療法は、患者さんのリンパ球が活性化されなければなりません。そのため、白血球減少(特にリンパ球減少)があれば、免疫療法は効果を示す可能性が低くなります。

他にも数多くの条件があると思いますが、最低限これらの条件が満たされなければ、臨床試験で、免疫療法が効果を示す可能性は少ないと思っています。

4.免疫療法を受けたいと考えているのであれば

インターネットで「癌免疫療法」という言葉を検索しますと、数多くのサイトがヒットします。その多くが、スポンサーのサイトや免疫療法を行っていると言われるクリニックの情報です。がんの免疫療法の可能性はあるにしても、信頼できるエビデンスが多くない状況で、これほど多くのクリニックで免疫療法が提供されているのは、不思議な感じがしますし、問題になることも多いかもしれません。

多くのクリニックで行われている免疫療法は、前述した免疫療法の課題を乗り越えた条件に合致しているのかよくわかりません。特に、これまで抗がん剤治療を受け、他に標準治療がないと言われている多くの患者さんの状態では効果を期待できないのではないでしょうか。

がんの免疫療法については、多くの大学や専門施設で臨床研究が行われていますし、また、厚生労働省から高度医療と承認された免疫療法を提供している施設もあります。

免疫療法を受けたいという希望がある方は、適切な臨床試験で証明されていない免疫療法を提供しているクリニックや、がん細胞数(病期)に関係なく効果がある、治癒するなどの誇大広告をしているクリニックではなく、臨床研究(試験)を行っている施設や、高度医療と承認された免疫療法を提供している施設で、ご相談の上、免疫療法を受けるかどうかを決めることをお勧めします。

なお、NK細胞や樹状細胞、ペプチドワクチンによる免疫療法の可能性はあると考えていますし、その効果が適切な臨床試験で確立されてほしいと心から願っています。また、どのような患者さんに効果的であるのか明確になれば、患者さんに役立つ治療法として大きく貢献すると思います。

※執筆者の瀬戸山氏が運営する爽秋会クリニカルサイエンス研究所では、一般向けと医療関係者向けに、がん医療に関する情報を提供しています。こちらのサイトもご利用下さい。

(2010年8月執筆)

瀬戸山 修
瀬戸山 修
1949年生まれ、爽秋会クリニカルサイエンス研究所代表。がんの初期から終末期までの一貫したがん医療の質の向上を願い、薬学、特にがん薬物療法に関する臨床薬理学、臨床疫学(EBM)の立場から、最新のがん医療情報の発信、薬剤師や看護師の教育研修を行っている。